10 / 11

第10話

 駅の改札前で待っていてくれた秋生さんは、なんだか照れくさそうに見えた。僕がそんな気持ちだったから、秋生さんに伝染したのかもしれない。手を伸ばして秋生さんの指を握る。驚く秋生さんに、離さないぞと決意を込めた目で「行きましょう」と告げると、きちんと手をつないでくれた。ほわりと胸が浮き立って、地に足がつかなくなる。  なんて特別な時間なんだろう。  そういう行為をするためにホテルに足を踏み入れてからならあったけれど、人目のある場所で堂々と手をつなげるなんて夢みたいだ。  秋生さんはいつもより早足でズンズン進んでいく。身長はそう変わりないのに、秋生さんは歩くのがはやい。置いて行かれないように浮かれた足を動かして人々の間を進み、人通りの少ない路地を抜けて公園のわきを通り、マンションの前に出た。尻ポケットから鍵を取り出した秋生さんが、エントランスのロックを外す。  ここが、秋生さんの住んでいるマンションなのか。  見上げていると手を引かれた。  秋生さんは無言でエレベーターホールに入り、ボタンを押す。ゆっくりと降下してくるエレベーター。秋生さんは僕の視線などおかまいなしに、まっすぐ前を向いている。 「秋生さん」 「……」  エレベーターの扉が開く。中に入ると秋生さんは回数ボタンを押した。八階だった。  光りが階数表示を舐めて八階に到達する。秋生さんは無言のまま僕の手を引き通路を進んで、エレベーターホールから三つ目のドアの前に立った。  鍵を差し込み扉を開いて、ようやく秋生さんは僕を見る。 「どうぞ」 「お、おじゃまします」  どうしてさっき呼びかけたとき、返事をくれなかったんだろう。  疑問を浮かべつつ踏み入れた玄関は、がらんとしていた。片付いているという意味ではなく、物がない。靴を脱いだ秋生さんについて、リビングルームへ入る。ソファとローテーブル。テレビ台とテレビのほかには特に目につくものはない。 「コーヒーを淹れるから、適当に座って――」 「秋生さん」  遮って秋生さんの腕を掴む。 「さっきから、すごくソワソワしていますよね?」 「人を招く用意なんて、なんにもしていないからね。駅前でなにかお菓子でも買ってこればよかったかな」 「秋生さん」  腕を掴む指に力を込める。 「どうして目をそらすんですか」  駅前で手をつないでから、秋生さんは僕を見ようともしない。 「べつにそらしてなんていないさ」  顔は僕に向くけれど、視線が合わない。 「ウソだってバレバレですよ」  なんでそんな下手なごまかしをするんですか。 「秋生さん」  髪を後ろになでつけていない秋生さんは、いつもよりも身近に感じる。首元の詰まった無地のロングTシャツにコットンパンツというラフな格好は、なんの予定もない休日を体現していた。いきなり僕が押しかけて迷惑をしているわけじゃない。もしもそうなら電話の時点で断っていたはずだ。僕が来るまでに片づけをする時間だってあったはず。もっとも、部屋の様子からして散らかる物はありそうにないけれど。 「……もしかして、緊張しています?」  なにを、とゆがんだ秋生さんの唇はぎこちなかった。かすかな希望が胸に湧く。 「秋生さんも、ドキドキしているんですか? 僕が部屋に来たから」 「そんなわけないだろう」  笑い飛ばそうとして失敗した秋生さんの唇に吸いついて、膝裏をかかとで蹴りながら肩を押した。秋生さんはすんなりと床に膝をつき、僕のキスを受け止める。 「んっ、ん……」  ひとしきり口腔をむさぼって顔を離すと、秋生さんの目は艶やかに濡れていた。 「秋生さん」  ささやいて、唇をついばむ。 「僕がプレゼントした首輪、どこにありますか?」 「……部屋に、寝室に置いてあるよ」 「それじゃあ、それを着けてきてください。――それだけを着けて、来てください。僕、ソファで待っていますから」 「琢磨くん、それはどういう……」 「飼い主になるって渡した首輪を受け取ってくれたんだから、秋生さんは僕のペットですよね? だったら言うことを聞いてくださいよ」  なんて大胆なセリフだと自分に驚く。こんなことを言うために来たわけじゃないのに、潤んだ秋生さんの目を見た途端に独占欲と支配欲がのっそりと立ち上がって理性を圧迫した。 「ねえ、秋生さん」  内心はヒヤヒヤしながら促すと、秋生さんは無言で立って廊下に出た。硬くなった心臓を抱えてソファに座って待っていると、裸身に首輪を着けた秋生さんが戻ってきた。 「カーテンを、閉めてくれないか」  扉から離れない秋生さんに頼まれて、僕は呆然としながらカーテンを閉める。薄暗くなった部屋を、秋生さんは滑るような足取りで横切り僕の前へ来た。 「これで、いいかな」  ゴクリ。  つばを飲み込む音が、やけに大きく響いた。首輪を引けば、秋生さんがしゃがむ。期待に潤んだ秋生さんの瞳に、不安に硬くなっていた心臓がほぐれて激しい鼓動を打ちだした。 「秋生さん」  呼びかけると、にっこりとした秋生さんは僕の股間に手を置いて膨らんだ欲を取り出し、しゃぶりはじめた。目を細めて味わっている秋生さんを見つめながら、右足を前に出して秋生さんの股間をさぐる。 「んっ、ぅ……」  眉根を寄せた秋生さんの腰が揺れる。親指と人差し指の間に陰茎を挟んで、秋生さんの肩を支えに軽く擦ればくぐもった声が上がった。 「移動しましょう、秋生さん」  ソファに座ればバランスを崩さずにすむ。秋生さんの額を軽く押して、僕の熱を唇から離させる。首輪に指をかけて、腕をリードに見立ててソファへ移動した。秋生さんが這いながらついてくる。本当のペットみたいで興奮した。  ソファに座ると、脚の間に入った秋生さんが僕を舐める。僕は足先で秋生さんの股間をまさぐった。 「んっ、ふぅ……、う、ぅん」  甘美な啼き声をあげて身をくねらせる秋生さんは、とても愛らしい。でも、どうして素直に従ってくれるんだろう。僕からの電話でこうなることを察していた? だからホテルに入るときとおなじように手をつないで、部屋に上げてくれたのかな。秋生さんは僕と休日を過ごしたくなかったわけじゃなくて、僕がグズグズと遠慮をしていたから過ごせなかっただけだとしたら、惜しいし悔しい。けれど僕が誘わなくなったのは、のらりくらりとかわされていたからで、やっぱりなにか理由があったはず。その“なにか”がなくなったから招き入れてくれたのだとしたら、“なにか”とはなんだろう。  つらつらと考え事をしていても、本能は秋生さんの舌技に高ぶっていく。秋生さんの唇は僕の先走りと唾液で濡れ光り、艶やかに劣情をあおってくる。秋生さんも興奮の蜜を垂らして、擦る僕の足指を濡らしていた。 「秋生さん」  もうすぐイキそうだ。  ふと思いついて、秋生さんの肩を押す。驚いた秋生さんの鎖骨に陰茎を当てて自分で擦り、精を放った。 「うっ」  秋生さんの肌にかかった僕を、ボディクリームのように塗り広げる。 「……琢磨くん?」 「僕の匂いをしみ込ませているんです」  はは、と秋生さんが軽い音を立てる。濡れた指で胸肌の色づきをつまんでひねると、淫らな悲鳴が起こった。そのまま両手でこねくりまわし、押し倒す。腰にまたがって執拗に胸の先を責め続けると、秋生さんは僕の陰茎を両手で包んだ。腰をずらして秋生さんの熱と僕の熱の頭を重ねる。 「はぁ、あっ、ああ、琢磨くん」  うっとりと目を細めて、秋生さんは自分と僕を手の中で擦り合わせた。先端やクビレが絡まって気持ちいい。秋生さんの愛撫に負けじと、僕も指先に集中する。 「んぁ、あっ、は、ぁあ」  秋生さんの胸の突起は爪をかければポロリと落ちるんじゃないかってくらい、硬くツンと尖っていた。つまんでひねれば高い悲鳴を上げて身をよじる秋生さんを、もっともっと乱したい。 「秋生さん」  荒い息で呼びかける。 「ソファに座ってください」  このままじゃ秋生さんの背中が、硬い床に冷えて痛んでしまう。腰から退いた僕は、服を脱ぎながら命じた。 「膝を立てて、脚を開いて」  のろのろと立ち上がった秋生さんは、淫靡に染まった肌をソファにあずけた。僕の命じた通りに、かかとをソファに乗せて脚を開いてくれる。屹立した秋生さんの先端からは蜜があふれて、下生えをテラテラと濡らしていた。そこを掴んで擦りながら唇を求める。秋生さんはキスが好きだ。舌を伸ばして、たっぷりと口内を愛撫しながら空いた手で乳首をこねる。秋生さんの手が僕の陰茎に伸びた。 「秋生さん。僕の首に腕を回して」 「……扱かなくてもいいのかい?」  うなずくと、秋生さんは僕にしがみついた。全身全霊を持って秋生さんの口腔をむさぼり、胸肌をまさぐって陰茎を刺激する。僕の荒い息と秋生さんの熱い呼気が互いの舌でかき混ぜられて、ふさがった口からはくぐもった嬌声が、鼻からは甘美なすすり泣きが漏れた。秋生さんの腰が揺れる。絶頂が近いのだとわかって、わざと手の動きを緩慢にした。どうして、と秋生さんの濡れた瞳に問われるけれど無視をする。 「んむっ、ふ……、んぅ、うっ、うう」  もどかしいと訴えてくる秋生さんを、僕はひたすら愛し続けた。舌が痺れて指がこわばり、腕がだるくなるまでずっと。 「ふはっ、は、はぁうう、う」  秋生さんの瞳から理性の光が消えて、唇を離すと舌が追いかけて来た。軽く吸って秋生さんを横たえる。僕の手は秋生さんの先走りでベトベトに濡れていた。それを尻にあてがい、秘孔の口を指の腹でさぐると待ち焦がれていたとばかりに吸いつかれた。 「は、ぁうう、琢磨くぅ……、んっ、あ、ああ」 「すぐに拓いてあげますからね」  指を押し込む。 「ふ、ぅああんっ」  喉を震わせた秋生さんが腰を浮かせた。内壁が指を締めつけ、もっとほしいとうごめいている。求められるままに指を動かし、弱いところを重点的に愛撫すれば、秋生さんはあっけなく絶頂を迎えた。 「はっ、ああああああ――っ!」  僕にしがみついて背を丸め、ビクビクと震える秋生さんをそのまま愛撫し続ける。 「ふぁ、あっ、琢磨く……、ぁ、そん……っ、んぁ」 「秋生さん、もっと、もっとだらしない顔を見せてください。ねえ、もっと淫らに身をゆだねて」 「んぁあっ、たくぅ……っ、ぅうんっ、ぁ、ああ」  腕が疲れても指を抜き差しし続けて、秋生さんを昇らせる。キュウキュウとすがりついてくる内側に入りたいのを必死にこらえ、秋生さんが涙を流して懇願するまで愛撫を続けた。 「あっ、あああぁあ、琢磨く、ぅ……んっ、もぉ、はやく……、奥に、あ……」 「はやく、なんです? ちゃんと言ってくれないとわかりませんよ。ねえ、秋生さん。僕はいつも言っているじゃないですか。秋生さんは僕をどう思ってくれているんです? ちゃんと僕を恋人だって認めてくれてます? それとも、年下の男を軽くあしらっているだけ? 浮気はしていないって言ってくれましたけど、いつかは僕を捨てて熟練の相手のところへ行くつもりだとか言わないですよね。――ねえ、秋生さん。正直な気持ちを教えてください。そうすれば」  たぎりきった僕で、秋生さんの繊細な口をつつく。ヒクリと震えたそこに深くねじ込みたいけれど、秋生さんの答えを聞いてからだ。 「これで奥を思い切り突いてあげます」 「っ、あ……、琢磨くん」  切ない声と快楽の涙、欲の先端に吸いついてくる下口の誘いに気持ちが揺らぐ。秋生さんの脚が僕の腰に絡みついて、グイグイと引き寄せられた。 「ふっ、はやく……、ああ、君を――」 「きちんと言えばあげますよ。もう無理だって音を上げるまで。だから、ちゃんと言ってください。ねえ、秋生さん」  懇願しながら額を重ねる。 「秋生さんが欲しいのは、誰ですか。――誰でもいいんですか? 気持ちよくなれるなら、僕じゃなくてもかまわない? ねえ、秋生さん。僕の気持ちはわかってるって言ってくれましたよね。それなら、僕がどれほどガマンして質問しているかわかるでしょう? 秋生さん、ねえ……、秋生さん」  愛しています。  口内にささやきを吹き込むと、秋生さんはゴクリと喉を動かして僕の唇に噛みついた。 「いたっ」 「っ、琢磨くんが欲しい!」  叫んだ秋生さんは僕の首に顔をうずめた。 「だから、はやく君をくれ。奥に、はやく!」  全身で求められて、僕は勇躍した。 「はぐっ、ぅあ、はっ、ぁ、あああぅうっ」  気遣いなんてできやしない。必死にこらえていたんだから。  文字通り欲望をねじ込んで、本能のままに突き上げる。汗を滴らせ、うなりながら秋生さんの内側にマーキングをする。 「はぁっ、は、秋生さんっ、秋生さん」 「ひうっ、あ、琢磨くぅ、んぁあっ、はっ、はげし、ぃああ」 「っ、く……、愛してます、秋生さん、愛してる……、秋生さん、秋生さん」  迷子から脱した子どもみたいに、僕は秋生さんにすがりついて体を揺すり、愛していると繰り返して泣き続けた。  秋生さん、秋生さん、秋生さん、愛しています、秋生さん、秋生さん、ああ――。  それが鳴き声の獣のように、情動に突き動かされるまま秋生さんの内側で爆ぜ、余韻のしっぽが消える前にまた動く。 「琢磨くんっ、あ、俺も……、っ、君が好きだ、あ、ああっ」  熱に浮かされた秋生さんの叫びに、果ててもすぐにみなぎって、僕は秋生さんを全身で味わいながら想いを注いだ。 「ああ、秋生さん、秋生さん」 「琢磨くんっ、もっと、ああ……、君を――ッ!」  ほとばしる嬌声の合間に交じる告白に血液を沸騰させて、僕はひたすら貪欲に秋生さんを愛し尽した。

ともだちにシェアしよう!