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第5話

雪はじっと自分の手を見つめた。床についた手はまだ小刻みに震え腰が上がらない。 「た……立てない……」 「……?」 雪の顔色がサーッと青くなる。原因は明らかに山王にあった。 目の前に立つ山王のボスキャラ的オーラで腰が抜けてしまったようだった。 このままここで立つことすらできずに授業をさぼり、腰の抜けた草食組と肉食組の奴らにバカにされるのだろうか。 そんなことは絶対嫌だし、かといって目の前の山王に手を貸してもらうことは雪のちっぽけなプライドが許さない。 (どうしよう、どうしよう……!) 顔を強張らせて俯く雪を見て山王が訝し気な声を発した。 「何をしている。さっさと立て。こっちにもお前のことを報告する義務があるんだ。ちゃんと草食組の教室棟へ戻るところをこの目で見届けておかないと後で何かあった時に困るだろう」 「ほ、放っておけばいいだろっ。俺がどうなろうとあんたには関係ないじゃないか……」 声が心なしか震えている。 ウサギを始祖に持つ雪は人一倍怖がりで寂しがりやだった。皆が皆そうではないのだが雪は特に繊細で敏感だ。それが人に知れるということは己の弱みを周囲に教えることになり、子供の頃はとかくいじめの対象として見られがちだった。 そんな自分を変えようと思っても血に抗うのは困難で、なかなか変えることはできず、いつしか雪が身に着けたのは精一杯強がるということだった。 強がりと、足の速さ。 それだけあれば弱い自分でもどうにかやっていける。 雪はそう思って今日まで生きてきたのだ。 しかし、山王を目の前にして、今までにない程の威圧感に腰を抜かし恐怖に怯える自分がいる。 さすが金の鬣を持つライオンだ。百獣の王と言われるだけある。 これまで肉食系獣人達との交流を避けてきた雪は、これほどまでに草食と肉食の間には深い溝があるということを今ここで思い知らされたのだった。 雪の大きな黒目がちの瞳に、知らず知らずにうちにこんもりと涙の粒が盛り上がった。 直接的な何かをされたわけでもないのに、恐怖に怯える自分が情けない。 身体に力が入らず動けないし、怖さと情けなさが入り交じり、雪はもうどうしていいのかわからなかった。 「泣いてるのか?」 「……っ」 返事すらできない雪を見て山王は再び溜息を吐いた。 「……ほら、立て」 「……?」 ぱたぱたと勝手に涙の溢れる雪の目の前に、大きく綺麗な手が差し出される。

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