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第10話
‘’小さいの‘’だなんて、なんて失礼な言い草だ。
こっちだって山王のように威圧的で凄みのある美形とは付き合った試しがない。
けれど、背が高いだとか美形だとか怖そうだとか、最後の一点を除けば全部ただの褒め言葉だ。
雪はむっと口を噤んだ。
「それにこの匂い……」
山王は雪の柔らかな黒髪に鼻先を埋める様にして、スンと鼻を鳴らした。
「な、何!?」
「まるで赤子のようだな。甘い匂いがする」
「え、何……。キモいんだけど……。会長って変態なの……?」
自分は赤子じゃないし、男に匂いを嗅がれて喜ぶ奴はそうそういないだろう。
思わず山王から距離を取ろうと身を引いた。
「変態じゃない。至って普通。健全な高等部2年男子だ。しかしその匂いは……。あぁそうかわかったぞ。その匂いが庇護欲を掻き立てるんだな」
山王が何やら言い訳めいたことをぶつぶつと呟く傍らで、雪は目を丸くして山王を見ていた。
山王がその視線に気付き首を傾げる。
「……同い年だったんだ」
「ん……?同い年?お前も2年なのか?見えないな。だからなめられるのか」
「なっ。ほんとさっきから失礼な奴だな」
会長、会長と周りの生徒たちから崇められる様にしてカリスマオーラを放つ山王は、例外なく上級生だろうと思いこんでいたのだ。
しかしその思いは山王も同じだったようだ。
「下級生かと思っていた」
そう言って山王が掴んでいた雪の手をゆっくりと放した。
放された瞬間、寂しさにも似た心許なさに襲われたが、雪のプライドがそれを許さない。
「もうここで大丈夫だから」
「そういうわけにはいかない。お前がどうして授業に遅れたのかそっちの教師に報告しなければならないし、ちゃんと送り届けたことをこの目で確認するまでは帰れない」
「あ、そ。じゃあもう勝手に行くからな」
「おいっ」
山王が同い年と判明し、鼻から敬語など使っていなかった雪だったが、より一層砕けた言葉遣いで山王へ声をかけると、山王の呼びかけにも応じず、自慢の脚で駆け出した。
肉食組の棟を出た時から、踏み鳴らされた獣道を通って歩いてきたが、雪は敢えてそこから外れた小石やら雑草、木の根や小枝が足元を掬う未開拓の地を走る。
ここから既に草食組の棟の天辺が見える。方角は間違っていない。
(赤子のようだとか小さいだとかバカにしやがって)
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