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第25話

「会長、これ食べて。そんであいつらにこのグラタン美味しいんだってことわからせたいんだ。お願い」 雪が潤んだ瞳で雷太を見詰める。 あざといとしか言いようがない。そんな顔でお願いされては断れる筈がないではないか。 「わかった」 目の前に差し出されたほうれん草の塊をじっと見詰める。 正直ほうれん草は好きではない。えぐみがあって鼻から抜ける青臭さが苦手だ。 しかし体調を整える為に時々食べたりもする。けれど、こんなにまとめて口に入れることは殆どない。 雷太は必死になって自分に訴えかける雪を無下にすることはできず、意を決して口を開けた。 それを見た雪がふわっと微笑む。 「ほんとに美味しいんだから」 (あぁ本当に可愛らしい。お前がそういうなら本当に美味しいんだろう。黒兎に食べさせてもらえるなら何を食べてもきっと美味いに違いない) 凶悪なまでの愛らしさを全開にした雪を見て、雷太はうっとりとしながら雪のスプーンをぱくりと口へ入れた。 仄かに甘いミルクの風味とコクのあるチーズの旨味、程よい塩気のすぐ後に、青臭さの塊であるほうれん草が口の中で激しく自己主張する。 「美味しい?」 雪の不安げな顔。 「あぁ。みずみずしいほうれん草は栄養満点だ。グラタンにするとまろやかで食べやすく、美味いな」 ささっと咀嚼し早々に飲み込んだ。 雷太の返答に雪は満足したようで、にっこり笑って「だよなぁ」と言いながら肉食の3人組に向かってべーっと舌を出して見せた。 その顔すら可愛らしいということを雪は自覚しているのだろうか。 舌を見せられた3人組に気分を害した様子は見られず、むしろ嬉しそうに頬を緩ませている。これではまた、たわむれに言い寄られるんじゃないだろうか。 雷太が余計な心配をしている横で優也が「あ」と声を上げた。 「ん?どうした」 「……間接キス」 ワンテンポ遅れて優也が隣でぼそっと呟いた。 (……確かに) 雪のスプーンを雷太が咥え、それを使ってまた雪が食事をする。 確かに間接キスである。 ほうれん草のえぐみと青臭さが口に残ったままの雷太には、そんなことを気にする余裕はなかったが、雪の姿を見てむらっと雄の欲求の高まりを感じてしまった。 雪が優也の隣で真っ赤になってスプーンを眺めている。 どうして赤くなる必要がある? 自分を意識しているからだと己惚れてもいいのだろうか。

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