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第60話

雪はそこからすっかりレタスを口に運ぶペースがダウンし、しかもなんだか味がよくわからなくなるという味覚の錯乱で、居たたまれなさは極限を迎えそうだった。 この場面を迎えることを誰が予測できただろう。 もそもそと口を動かしながら恐る恐る視線を上げると未だ雷太がこっちをじっと見詰めている。 再び、ばくんっ、と胸が大きく高鳴って雪は慌てて下を向く。 (くっそ、何なんだよこれ……。死ぬの?心臓の病気?つーか、優也のせいでこんなことになってるんだぞ、優也のバカっ) 心で恨み言を吐き出しながら、優也と紅の座ったパラソルにそっと目をやる。 すると優也と紅がこっちを観察しているかのように会話をしながら時々目線をこちらへ寄越す。 その表情はやはりどこかにやついているようだった。 あれは紅と優也が談笑しているから、楽しくて笑っているのだろう。 雪は無理やり自分にそう思い込ませ、この気まずい時間をどう過ごしたらいいのか考えた。 「どうした?腹が膨れたのなら、残してもいいぞ。この紙袋に入れて持ち帰ればいい」 「あ、うん……そうする」 腹というより胸が詰まってさっきは死んでしまうかと思ったくらいだ。 雷太の提案通り残りのレタスを紙袋にしまい、さぁこれで用は済んだと、少しだけ清々しい気分になったところで、雷太が再び口を開いた。 「ところでさっき羊ヶ丘が言っていたが、俺に何か聞きたいことがあるのか?」 「え……あー、いや、その……」 雪は赤みの残った顔を強張らせる。 そこには触れてほしくなかった。 (優也のばかーっ…) 「確か性的という言葉の意味がどうとか……。それと俺に聞きたいことは何か関係してるんだろうか」 雷太は恥ずかしげもなく話を切り出す。 話がセクシャルな内容だとは微塵も思わないのだろうか。いや、雷太はもしかしてそっち方面に疎い堅物なのかもしれない。 雪は勝手に雷太を同類認定し、性的という言葉の意味についてだけなら話してもいいだろうと考えた。 「えーっと……じゃあ話してもいいけど、恥ずかしい話だから耳貸して」 「……なんだ」 雷太が耳を雪に寄せ、雪は両手で口を覆い雷太の耳に唇を寄せる。 「性的ってどういう意味だと思う?俺はセックスのことだと思うんだけど」 こしょこしょと小声で雷太の耳に言葉を吹き込む。 雷太は一瞬眉を上げたがすぐいつもと変わらない平然とした表情で答える。 「それ一択とは限らないと思うぞ」

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