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第63話
「なんで……」
雷太は恋や愛の延長に性的なものが生まれるのが一般的だと言った。
雪のことをそういう目では見ていないとも言った。
それなのに付き合うとはどういう意味だ。
雪はなぜ自分がショックを受けているのかわからないまま、雷太の更なる提案に頭を抱える。
「俺のこと好きでもないのに、なんで付き合わないかなんて言うんだよ。意味わかんねぇ」
「恋人がいるとわかれば、黒兎をそういう対象として見る者が減るんじゃないかと思ってな。言わば仮の恋人だ」
確かに。
恋人が学園内にいるとわかれば、少なくとも恋愛感情を持っている者に関しては諦めてくれるだろう。
でも、どうしてそれが雷太なのか。
「だったら別に会長じゃなくて優也に頼んでもいいことだし……」
先刻雷太に否定された言葉が頭から離れず、雪はこれ以上傷つきたくなくて提案をどうにか跳ね除けようと思考を巡らせる。
「羊ヶ丘ではあまり抑止力にはならないと思うぞ」
「はぁっ?優也のことバカにしてんのかっ!なんでだよっ」
「そうだよ、雪。僕じゃ限界がある。その点会長は最強の虫除けになる筈だよ。それこそ獰猛な肉食獣人だって雪には指一本触れさせないんじゃない?」
今にも雷太に噛みつかんばかりの雪の頭上で、優也の声が聞こえ雪は振り返った。
ふんわりとした優也の登場でこの場に流れていた空気が緩和されたようだった。
優也の横には紅もいる。
緊張状態から解放された雪はほっと胸を撫で下ろした。
「会長が嫌でしたら僕が仮の恋人になってもいいですよ」
紅の手が雪の肩にそっと置かれた。
「おい紅」
雷太の声には耳も貸さず、紅は雪の顔を覗き混み切れ長の目を優しく細める。
「僕だったら黒兎さんにこんな顔させないんですけど……」
「え……?」
紅の冷ややかな視線が雷太に向けられ、雷太も心なしかむっとしているようだった。
「どういう意味だ」
「仮の恋人になるとしても、これではうまくいくはずがありません。黒兎さんにこんな表情をさせるようでは。羊ヶ丘さんはどう思われますか?」
「そうだね。雪がこんな顔してるの僕も見たくないや。雪、聞き耳立ててごめんね。会長との話、隣のテーブルで聞いてたんだ。会長の提案はなかなかいいと思う。けれど、その相手が会長でいいのかどうかはよくわからなかった。だけど紅くんが代わりになるって言ってくれてる。紅君なら強いし優しいし、頼りになると思うよ」
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