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第64話
話はいつしか雪が仮の恋人を作るという流れになり、そんなものは今までなくとも生活できていたのに、どうして作らなくてはいけないのかという疑問すら強引になかったものとされ、雪は窮地に陥った。
「僕はどうですか?」
紅が雪の両肩に横から手を乗せ顔を寄せる。
「どうって言われても……」
そんなことを言われても今すぐ返事ができる内容ではない。
そもそもそれは本当に自分に必要なのかゆっくり考えたいところだ。
しかし優也も雪にその隙を与えない。
「じゃあ雪は会長の方がいいの?」
「だからなんでそうなるんだよ」
「紅君と会長と、どちらかしか選択肢はないんだよ。さぁ雪、どっちを選ぶ?」
「え……えぇぇ……」
雪の視線が雷太と紅を行ったり来たり繰り返す。
うっすらとした自覚しかないが、もっと話したい、もっと見ていたい、もっと近くにいたい……。
そんな感情が雷太に対して湧いてくる。
雷太にはそんな目では見ていないと言われたけれど、雪の心は確実に雷太に傾いていた。
どちらかを選択しなければならないというのなら、心はもう既に決まっている。
「どうしますか?黒兎さん」
「無理にとは言わない。しかしできればそうしてくれた方が俺たちも安心できるんだが」
2人とも冗談で言ってる顔ではなかった。
他に何か事情でもあるのだろうか。
雪は雷太に視線を合わせる。雷太はじっと雪を見詰め、言葉を待っているようだった。
雪が口を開いた。
「じゃあ……、またこうして時々町に下りてきて遊びたい。学園校舎も寮の中も、なんだか息が詰まるんだ。自由にしてるんだけど、伸び伸びとできないって感じで」
雪は雷太を見ながら交換条件を述べる。
仮の恋人を演じるのなら、時々町で息抜きをしたいのだと。
町へ下りるのにも許可が必要だった。
寮長が外出届に書かれた生徒の名前を見て判断を下すのだが、雪と優也だけでは何かあった時に対処しきれないのではないかと見なされてきっと許可は下りないだろう。
かと言って他に親しい友人もいない。忙しそうにしている象山に頼むのは気が引けるし、牛島に至っては護衛だなんだとぞろぞろ集団で雪を追いかけてくるだろう。
「紅は1年生だろ。年下に付き添ってもらうとかカッコ悪いしさ。だから俺、会長にお願いしたい」
雪の視線はずっと雷太を捉えたまま揺るがない。
(会長がいいって思ったんだから仕方ないじゃないか)
雪は案外本能に従順な兎だった。
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