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第68話
雪に会長と呼ばれ、紅の言葉が頭を過る。
リアリティーを持たせてお互い名前で呼び合うくらいはした方がいい、と。
確かに仮の恋人だということが周囲にバレてしまったら。
頭に浮かぶ危険分子として、肉食組に所属する特定の生徒達、そして鬣犬とその手下が挙げられる。
それを考えると、雪の気持ちを確認してから……などと生温いことをしている場合ではない。
「雷太だ。俺のことは雷太と呼んでくれ」
「え……」
「その……紅の言ったことは一理ある。恋人と位置づけするには名前で呼び合う方が説得力があるだろう。だから俺のことは雷太と呼んでほしい」
「……そっか。わかった。らいた……」
雪の赤い唇から小さな声で自分の名前が紡ぎ出される。
その時何とも説明しがたい感情が胸に渦を巻き、抱き締めたい衝動に駆られた。
「そうだ。それでいい」
「じゃあ俺のことは、雪って呼ぶ?」
「あぁ。……雪」
雷太にだって羞恥心はある。雪、と口にした瞬間、かっと顔が熱くなった。
友達同士でも急にお互いを名前で呼び合うとなれば、多少なりとも恥ずかしく思うものだ。
その相手が雪となれば尚更気恥ずかしい。
だが雷太の羞恥心を更に上回った様子で雪が顔を両手で覆う。
頬が赤いのがわかる。
雪は顔に手を当てたまま、すとんとまっすぐしゃがみ込んでしまった。
「どうしたんだ雪」
「どうしたって……。かいちょ、じゃなくて、雷太。なんか慣れてる感じ……。俺ばっかり恥ずかしくてカッコ悪い」
「そんなことは……」
雪に自分の胸の高揚を知らせたくて、雷太は雪の前に同じようにしゃがみ込む。
「雪、手を貸してごらん」
「……?」
雪は顔を押さえていた手をそっと外し自分の掌を一瞬見詰め、その手を雷太に差し出した。
雷太はその細い手首を掴み、自分の胸元へと移動させた。
雪の掌に自分の鼓動が伝わるよう、もう片方の手で雪の手の甲を押さえ、胸の上に雪の手を固定させる。
「わかるか?」
「あ……すご。どくどくしてる。心臓の音大き過ぎじゃないか?」
雪は真っ赤になりながらも、雷太の心音を掌で感じ、驚いている様子だった。
「慣れないことをすれば俺だってこうなる」
「そっかぁ……。俺のも触ってみる?俺だってすごいよ」
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