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恋人(仮)とデート(偽)2
町に下りたのは学園入学以来初めてのことだったし、バスに乗るのも久し振りだった。
野菜マルシェで採れたての美味しい野菜を食べ、町の景色や行き交う人々を眺め、そのどれもこれもが新鮮ですごく楽しかった。だが。
戻ることができるなら、優也と野菜を選んでいた時間まで巻き戻し、買った野菜をそのまま持って緑青へ帰ってしまいたい。
雪は肩を並べ、隣のつり革に掴まり車窓からの景色を眺めている雷太を見上げた。
雷太は仕方なく自分とこうしているのだ。
そう考えると遣る瀬無い。
そもそも雷太は男同士での恋愛を自分は別として他者に関して偏見ないと言っていた。
だとすると、自分はもちろん恋愛対象外であり、雷太から見れば同情すべき可哀想な草食獣人なのだろう。
(だったらなんだよ。こっちだって男なんか願い下げだし別にいいじゃん)
いつものように強気な思考が働くのだから雪が悲しむ必要などないのだが、不意に込み上げてきた晴らしどころのない熱は、涙となって目尻を濡らした。
「どうした?酔ったか?」
「ううん……平気」
雷太は雪の視線に気付き、雪に優しい言葉をかける。
思いやりがあってすごく優しい。けれど同時に、これは同情からの恋人ごっこなのだと、雪は自分に言い聞かせなければならない。
そうでもしなければ勘違いしてしまうだろう。
雷太からもらう温かみある労りや愛情は、身を預けてしまいたくなる程にとても心地いいと知ってしまったから。
「少し顔色が良くない気もするが……。寄りかかっていいぞ」
「平気だってば」
「そうか?」
雷太はじっと雪の顔を見詰め、つり革を握っていた手を持ち変えると、空いた手を雪の腰へと回してきた。
「え、な、なに」
雪の問いには答えずに、雷太は雪の細い腰を掴みぐっと自分の方へと引き寄せた。
つり革に掴まっていた雪の体が雷太の方へと傾き、強い力によって雷太の胸に抱き留められる。
「寄りかかっていた方が楽だぞ」
「大丈夫だって言ってるだろ」
「さっきから雪は少し不機嫌だ。楽しみにしてきたんじゃないのか?MEGAスポーツ」
「それは、そう……だけど……」
「だったらどうして暗い顔をする」
抑え込んでいる心の中を見せてはいけない。
そうなった時、全てが終わってしまうような気がした。
「もうしつこいな!暗い顔なんかしてねーしっ」
「いつもの雪に戻ったか?」
「元から元通りだよ」
「なんだそれは」
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