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第78話
なぜ雷太がそんなことを言うのか不審に思う。
そう考え出した途端、仮の恋人関係を築こうと唐突に持ち掛けられたことまで、本当は何かもっと自分が知り得ない裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。
「なんで……」
雪の心にどんよりとした雲のような不安がもくもくと膨らみだし、警戒心が剥き出しになる。雷太と繋いでいた右手がぴくりと震えた。
その振動は雷太の手にも伝わる。
「震えてるのか……。もしかして俺が怖いのか」
震えた手の甲を雷太が反対の手で覆う。雪の右手は雷太の両手で上下に挟まれ包まれている状態だった。
「別に、怖くない」
「だったらどうして……」
手の温もり、深みのある澄んだ瞳の透明さ。強者の香り。雪は五感で雷太を感じ、分析する。
やっぱり違う。自分の思い違いだ。雷太は不誠実な肉食獣人とは違う。
根拠はないがそう思った。全ては本能の赴くまま。
(雷太にならば本当のことを話してもいいかもしれない……)
雪は意を決して口を開いた。
「怖がりでびびりなのは、俺が生まれ持った特性だ。だけど雷太が怖くて手が震えたわけじゃない。気に障ったなら謝る。ごめんな」
「いや、誰だって踏み込まれたくない部分はある。無遠慮に土足で踏み荒らすような真似はしたくないが、気づかないうちにしていることだってあるだろう。その時は遠慮なく言ってくれ」
雷太が自分に気を使ってくれているのがよくわかる。
雪は包まれた手をじっと見ながら去年のことを思い返した。
「俺、運動神経の良さだけが取り柄だし、体育祭はめちゃくちゃ楽しみにしてたんだ。個人競技も団体競技も、出る種目だって決まってた。去年の体育祭当日、実は俺、起きれなかったんだ。前の晩からの記憶が丸っきりなくて目が覚めたのはその日の夕方だった。起きて耳に入ってきたのはグラウンドのスピーカーから流れる閉会式の音だった。同室の奴になんで起こさなかったんだって問い詰めたら、気持ちよさそうに寝てたから起こせなかったとか訳のわかんないこと言われてさ。でも出席日数は減ってないし、病欠扱いにもされてない。多分、周りの奴らがうまいこと誤魔化してくれたのかなあって……」
「そうか……」
雪の話を黙って聞いていた雷太だったが、眉根をぐっと寄せたその表情は険しい。
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