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第79話
「今年は優也が同室だし、万が一寝坊したとしても起こしてくれると思うんだ。だから大丈夫。って、こんな他力本願じゃダメなんだけどさ」
へへっと雪が笑うと、強い力でぎゅうっと雷太に抱き竦められた。
「俺もいる。そんなことにならないよう、俺もちゃんと見ているからな」
「え……、あぁ、うん……。ありがとう……?」
情熱的な抱擁だと雪でも気付く。
これは体育祭に出たかったけど出れなかったことに対する同情なのか、はたまた……。
(まぁいいか)
よくわからないが、雷太が雪の味方となってくれることは非常に心強く感じた。
そしていつしか胸に巣食っていた不安は消し飛び、今こうして抱き締められていることに喜びを覚える。
程よく厚みのある胸板から、自分にはない強者の香りを吸い込んで、うっとりと目を閉じた。
カサリ……。
暫し夢見心地だった雪の長耳に入ってきたのは、草木をかき分け地面を踏む音だ。
風で揺れる木々の音とは質が違う。
誰かがいる。誰かに見られていると直感した。
「……っ、なぁ雷太、誰かいる」
「あぁそうだな」
雷太も気付いていたようだ。しかし雷太が雪を抱き締める力は全く緩まない。
「この体制で見られるのはまずくないのかっ……!?」
「いい。むしろ見せてやる」
慌てふためく雪とは対照的に、雷太はなぜか好戦的な目で不敵に微笑む。
雷太は一体何を考えているのだろう。
雪には全く理解できない。
「雷太っ、俺こんなところ見られたら恥ずかしいっ」
「そんなことで恥ずかしがっていてはマーキングできない」
「はっ!?ここでするつもり!?」
「そうだ」
「誰か見てるってわかってるのに、ここでするのか!?俺っ、そんな趣味ねぇよ」
「俺にも見られて興奮するような性癖はない」
「だったらなんでっ……、わっ、いてっ!」
雷太はそのままの体制で雪を持ち上げて、道を一歩外し林の中へと入って行く。
そして道から丸見えの、手近にあるブナの木の太い幹に雪の細い身体を押さえつけた。
「悪い雪。これには色々と事情があってだな、雪の体育祭とも深く関係していることだから、少しだけ我慢してくれ」
「えっ、ぜんっぜん意味がわかんねぇって!離せよっ!!」
「黙れ」
「……っ」
人を力づくで押さえつけておきながら威圧の風を巻き起こす。
傲岸不遜な雷太の一面を垣間見て、雪は身体の力を抜いた。
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