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第84話
もしこれがただの憶測でなければ、雪があまりに気の毒だと雷太は思う。
鬣犬のような輩がいるという事実が、雪を眠らせる原因だったのだろうか。
だとしても、雪個人の尊厳を著しく虐げるやり口だ。歪んだ手口で雪の身の安全を図るなど、やはり許せない。
「そろそろ時間か」
「そうですね。行きましょう」
この日、草食組との合同会議が17時より開催さらる。
雷太は腑抜けと言われた顔をきっと引き締めて本日為すべきことを改めて確認する。
決定すべきは体育祭の種目を草食組とバランス良く擦り合わせることと、雪のことだ。
後者がメインと言ってもいいだろう。
誰が何と言おうと、雪の行動を制限させやしない。
決意も新たに雷太をはじめとした、肉食組生徒会メンバーが各々資料を手に中央棟にある視聴覚室へと向かう。肉食組の教室棟を出たところで烏合が周囲を確認し小さな声で雷太に語りかけた。
「会長達が噂になっているマーキングの件ですが、覗き見していたのが鬣犬のグループに属する生徒だったということがわかりました。恐らく鬣犬にもこの噂は真実として伝えられている筈です」
「そうか」
だとすれば、鬣犬が雪に手を出す可能性は少なくなったと思って よいのだろう。
「作戦成功ですね」
「だね」と雷太の後ろで紅と屈狸も顔を見合わせている。
前途は明るいと心軽やかになった雷太だったが、その傍ら、予期せぬことが雪の身に起きていた。
中央棟に到着し、視聴覚室の扉を開けた。
中には既に草食組役員が長机を準備し、椅子に腰かけ待っていた。
「すまん、遅かっただろうか」
「いや全然。こちらが早く到着しただけだから気にしなくていいよ」
資料に目を通していた草食組会長である象山が顔を上げる。
いつもはもっと柔和な顔付きなのだが、今日の象山は表情が固い。
象山だけでなく、副会長の牛島、会計の大鹿もどこかぴりぴりとした空気を発している。
「今日の司会進行はどうしますか」
微妙に居心地の悪い空気を断つように、紅が壇上にあるホワイトボードの前に立った。
「その前に話しておきたいことがある」
そう言って立ちあがったのは象山だった。
「なんだ」
「単刀直入に言う。黒兎から手を引いてほしい」
「どういう意味だ」
雷太が形の良い眉をきっと吊り上げる。雪のことを草食組全体でどうにかしようとしているのがわかるからだ。
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