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第92話

「肌きれいだなー黒兎ちゃん。それに美人だし。細い割にふんわりしてて抱き心地も悪くない。こんな上玉じゃ山王が惚れ込むのも無理ないなぁ。黒兎ちゃんから山王の匂いがするってとこだけ残念だけどな」 「やめろっ、離せよっ!」 鬣犬は雪をがっちりと捉え、雪の細い首筋に鼻を埋める。 ぬるりとした感触で、舐められたのだとわかった。 「ひっ……!お、俺は食べても、美味くない……!」 雪は過去のトラウマから、本気で自分が肉食の捕食対象となるのだと勘違いしたまま生きてきた。 再びその恐怖が甦り、雪の膝がかくかくと笑っている。 「ん……?俺が怖いか。別に食おうだなんて思っちゃいねーよ。それより、折角こうして出会えたんだ。講堂まで一緒に行こうぜ。一期一会を大切にってな」 「は……!?なんで俺があんたなんかと一緒に……」 「威勢がいいな。想像してたよりやんちゃ坊主なのか。それも面白い」 「わ、やだっ、離せって」 鬣犬は雪の華奢な肩をぐっと抱き寄せ、中央棟の中へ引き摺るように連れて行く。 雷太のように力強いが、比べるなんておこがましいほど身勝手で雑な力強さだ。 講堂に続く階段を、何故か鬣犬に肩を抱かれながら上っていく。 「山王にマーキングされるってことは、黒兎ちゃん男もイケるってことだよな。俺なんかどうよ」 「無理」 「はっきり言うねぇ。気に入った」 「迷惑」 鬣犬は雪の返答に面食らった様子で、驚いた顔をした。その後くすくすと笑い出したが。 雪は間髪入れずに鬣犬の誘いを断った。 どう考えても、男か女かという以前に、生理的に無理なタイプだ。 それよりも、この肩を抱かれた状態で講堂の中へ入るのは罰ゲームよりもキツイ。 こんな奴とつるんでいると思われたくない。 特に雷太には見られたくないと思う。 例え仮でも、自分は雷太の恋人だ。 「頼むから離してくれ」 「つれないこと言うなよ」 「人の話を聞けよ。俺はおれは嫌だと言っている!」 「まぁまぁ」 雪の願いなどどうでもよいのだろう。鬣犬は笑っている。 鬣犬の力は一向に弱まることはなく、雪の願いも虚しく、講堂の扉が開かれた。 ギィッと軋んだ音を立て、開いた扉の先にいる雪と鬣犬に、全校生徒の目が一斉に向けられた。 壇上には狐を始祖に持つという校長が立っている。その左右に、生徒会の面々が並んでいた。 もちろん雷太の姿もある。

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