93 / 161
第93話
一瞬雷太と目が合った気がした。
しかし雷太の顔は何事もなかったかのようにすぐ壇上の校長へと向けられて、何を期待していたのだろう、雪の胸の奥がツキンと痛んだ気がした。
雪と鬣犬も講堂の端にいた教師達に腕を引かれ、それぞれの学年の定位置へと立たされる。
雪が列の中に加わると後ろから小さく雪を揶揄する声が聞こえた。
「今度は3年かよ。ビッチすぎねぇ?」
誰かが言った。その後くすくすと笑う声も聞こえた。
またか、と雪は後方をじろりと見て、周囲一帯を睨みつける。
しかし皆壇上を見て校長の話しに耳を傾けている様子だったので誰が雪を悪く言っているのか、全くわからなかった。
ちっと舌打ちして雪も前を向く。
校長の話が終わって最後に生徒会からの伝達事項があり、朝会は終了だ。
その間雪は、ずっと雷太を見詰めていた。
自分とは違うエリートの風格と、強い印象を与える尊厳さ。しかも鋭い牙を持つ、雪にとっては天敵と言ってもいい肉食獣人。
どれをとっても自分の平凡且つ薄いであろう人生とは交差することのない人種だと思う。
事実、雷太の存在にすら気付いていなかったのだ。生徒会役員など自分には関係ないのだから、誰が何をしようと関心もなかったし、正直どうでもいいと思っていた。
そのままの自分でいればこんなことだって起きなかっただろう。
でも出会ってしまったのだ。
自分の中のイメージを180度覆す、肉食獣人に。
その存在は日毎に雪の心を占めていき、今では仮の恋人という立ち位置にいる。
それが草食組の反感を買っていても、雪はその立場から降格する気は今のところ全くない。
優しく、誠実で。雪を見る目は時々いやらしいけれど、それも嫌じゃない。
(俺は……どうしたいんだろう……)
どうしてなのか、考えれば考えるほど胸が苦しくなって、どうして自分は仮の恋人なのか。どうして雷太は自分をそういう目で見てくれないのか。
そんなことばかりがぐるぐると螺旋状に渦を巻いて、雪を困らせる。
認めてしまうのは簡単だ。けれど認めた瞬間、雪の失恋が確定する。
だったらこのままこうして、残りの約1年半を過ごしたらいいんじゃないかと思ってしまう。
雪が物思いに耽っている間に校長の話が終わり、学年主任の教師の話も終わった。
その後、象山が壇上に立ち、生徒会からの連絡事項が通達された。
ともだちにシェアしよう!