106 / 161

第106話

挨拶を口にしながら皆徐々にスピードを上げ、最終的には走り出した。 皆、体育祭で自分の力が解放できることに少なからず興奮しているのだ。 「鬣犬の件については何か動きでもあったか」 「表だって目立った動きはなさそうですが、ちょっと嫌な話を耳にしました」 紅がさも憎々しいと感情を顔に露見させる。 「なんだ」 「ハイエナには、マーキングが意味のないことだと聞いたのです」 この場合のマーキングは、雷太が雪に行ったことを言っているのだとすぐに気付いた。 「意味がない?」 「はい。あいつらは皮だろうが骨だろうが残骸までもしゃぶりついて食べ尽くす卑しいハイエナです。そこにどんな匂いがついていようとも関係ないと、そう鬣犬の手下が話しているのを烏合の仲間が確認しています」 ということは、鬣犬達を牽制するためのマーキングに効果はなく、雪は引き続き賭けの対象とされている可能性が高いということだ。 「象山達には話してないんだよね」 屈狸が腹を突き出す不恰好な走りで雷太の隣に並んだ。 「あぁ話していない。草食組に話せば昨年同様、雪が体育祭に参加できない事態が起きてもおかしくない。それだけは避けたいんだ。しかしそうも言ってられないのか……。象山だけには話しておくべきか……?」 判断に迷う。 象山ならば見守るという姿勢で協力してくれるかもしれないが、牛島はそれを知れば雪を監禁してしまいそうな雰囲気がある。 「鬣犬先輩のことは抜きにしても、草食組は元々黒兎を注視する傾向にあるから、何か異変があればそれこそ牛島なんかは黙っていないだろうね。すぐに角を尖らせて突っ込んでいきそうだ」 「確かにそうだな。雪の意向をわかった上で注意して見てもらえればそれに越したことはない。……鬣犬の件、草食組生徒会に伝え協力を仰ぐことにする。では開会時間まで周辺の警備を」 「了解」 雷太の指示に皆が返事をし、それぞれの持ち場へと散り散りに移動を開始する。 紅はいつもより伸びた牙を剥き出しにして足早に林の中へ消えていく。 烏合は背中の黒い翼をバサッと広げ、空へと飛び立つ。 屈狸は頭に緑の葉を乗せて、くるんと宙返りした。丸い体がスマートになり、身軽になった体で木に登り枝から枝へと飛んでいく。 屈狸の特異体質である変身には、いつも目を見張る。 (まるで詐欺だな) 体だけでなく、顔も変身前より若干整っている気がした。

ともだちにシェアしよう!