33 / 82

第33話《険悪者の行方》

10月、最後の週の日曜日。 場所は、BOUSの撮影ルームにいつものキツイ声が響く…。 「カットッ!駄目ッ、サクちゃん!何回やってんの?遊びじゃないんだよ!」 「っ今のはッ…」 いつもは素直に謝るサクヤだが、トオル監督に抗議しようと声を出す。 だが…。 「口ごたえする暇あったら次、NG出さないように台本みて!」 「…ッ」 監督はサクヤに何も言わせない。 「ふん…」 サクヤはすぐ隣で笑う人物に向かい… 「今のもアンタのNGだろっ!ヨシッ」 小さい声で怒りをあらわにして言う。 「知らないね、テメーがヘタなんだろーが!」 そしらぬ顔でサクヤに向かい言うヨシ…顔は笑っている。 「ってめ…」 「話してる暇ないよ!そうでなくても遅れてるのに…」 相当、不機嫌なトオル監督。 有無を言わさずスタートだ。 「シーン022!はい!スタートっ!!」 声と共に、静まる室内。 詳しく言えばおフロ場のセット内… ヨシとサクヤは全裸での撮影だ…。 サクヤは抱きかかえられるようにヨシのキスを受ける…。 「っふ、んんっ」 仕事と割り切って必死に演技するサクヤだが、ヨシはサクヤのNGを誘うような行動をわざとしているのだ。 …監督にわからないよう、巧妙に。 ヨシは、サクヤのシャワーを浴びて濡れた髪を静かにかき上げ唇を耳へ近づけて甘いセリフを言うヨシ。 「愛してる…ずっと俺のそばにいろ、サクヤ」 少し長めの黒髪がサクヤの頬に触れ低い声でささやくヨシは男らしい身体つきでかなりの美形どんなセリフでも使いこなせている。 対称的に茶色く長い髪が自然な色白で綺麗な小顔のサクヤは男でありながら普通の女より細く綺麗だ。 その最上級品の二人はうまくバランスがとれている。 が―、心の方はバラバラな二人。 「駄目だよ…。オレにはそんな資格はないんだ、オレは…」 サクヤはヨシの瞳を見つめて不安そうに言葉にする。 「アイツの事は気にしなくていい…」 ヨシの言うアイツとはユウのことだ。 シリーズモノのこの話は、ヨシ、ユウ、サクヤの複雑な三角関係の話なのだ。 「でも、ぁっん、っ」 さらに難色を示すサクヤだが敏感な場所に指で触れられ反応を声にする。 「これでよかったんだ。アイツには悪い事をした…でも俺が選んだのは、お前だから…」 やさしく口づけをするヨシ。 問題は次のシーン、サクヤがヨシの首の後ろに両手を組んで吊り下がるような体勢のままセリフを言う場面。 サクヤはさっきのNGで5回も間違えている。 同じ所で5回もNG出す人はそうそういない。 元々、サクヤは、自分の体重を組んだ手ですべて支える事が難しいのだ。 筋肉に負担がかかり薬を飲んでいなければマヒをおこしてしまうはず。 演技の中でヨシが半分、腕でサクヤの腰を支えるようになっているので少し楽なのだが…。 ヨシは、わざとセリフの途中に腕の力を抜いてサクヤが間違えるのを楽しんでいる。 信用ならない相手だから緊張しっぱなしのサクヤ… もう間違えたくないし、ヌレギヌで叱られたくない。 しかし、ヨシはまだ遊び足りない様子…。 NGしないようヨシの首にすがりつくサクヤ、セリフと違い見つめる目に怒りがこもっている。 「ヨシ、ありがとう…オレも、同じだよ。でも…ユウはオレを許してくッれない…」 またも仕掛けるヨシだが意地でもセリフを続ける。 しかし、監督は見逃さない。 「カーット!もう!ダメッ。サクちゃん!何回も詰まらないようにしてって言ってるでしょ!たった一行のセリフがどうして言えない?感情も入ってないし、やる気あるの!?」 怒りを通りこして呆れた様子の監督。 「っオレは!」 「言いわけの前に言う事あるでしょ!」 「っ…すみません」 自分のプライドと葛藤しながらも謝る。 感情入れてなかったのは確かだから。 こんな奴相手に出来るワケねぇよッ 心で叫ぶが… サクヤの様子を見てトオル監督は息をついて。 「もう…撮り方、変えよう」 「えッ?」 「今回だけだから!このままじゃいつまでたっても終わらないから」 「……」 サクヤは言葉をなくす。 今までどんなに失敗しても撮りかた変えるなんて言われた事がなかったからだ。 相当、監督を怒らせてしまっている。 そのまま、撮影はサクヤのペースに合わせて行われた。 「はい!OK!お疲れ様」 夜11時半をまわってようやく撮影終了のかけ声。 「ありがとございまーす」 ヨシは、明るく言ってすぐ、バスローブをはおり撮影室を出ていく。 疲れた様子なのはサクヤ。 「ありがとうございました」 一息ついていつものように挨拶する。 「はい、お疲れ、サクちゃんね…この話出来悪いから追加撮影明日するから…」 「っ!?明日?」 「この作品、発売まで日数ないから明日PM6:00、第3撮影ルームで、台本渡すから」 「……」 ウソだろっ!明日も奴と撮影かよ…嫌だ、最悪ッ そう心で思うが、顔にもでたらしく… 「辛いかもしれないけど、ちゃんと来てよ。それと今日の撮影振り返って反省する事!いい?」 「……はい」 有無を言わさずの口調で話す監督に反論は出来ない。 ヘタにしたら、もっと状況が悪化しかねないから。 サクヤもバスローブを着て少し休んで行くことにする。 シャワー室でヨシと顔合わせたくないから…。 夜遅くなった為かサクヤを誘う人はいない、シャワーを浴び荷物をまとめ、身体が怠いのでマヒを抑える薬を飲んで帰る。 エレベーターで一階まで降りて外へ出ようとした時… 後ろから声がかかる。 「明日。撮影あるんだってなぁ…ヘタくそ!」 「ッヨシ!!」 その人物を睨み見る。 ヨシはちょうど階段を使って降りてきた所、アキラを見つけたのだ。 「情けねぇなぁ!顔だけで演技力がねぇんだからヤメちまえ!てめーより年下の奴の方がウマイんだからな…」 からかうようにアキラへ近づき言うヨシ。 「ッテメェ…」 言いかけたが怒りの気持ちを押し殺し無視して行こうとするアキラ。 「まぁ来たけりゃ来いよ、イジメられにな!マゾだからなぁテメーは」 「ッざけんなっ!オレはあんたなんかと撮影したくねぇんだッ!!」 やはりカッとなって反発してしまう。 「ふん、そりゃ俺もだ!いや、お前との撮影はみんな嫌がるぜ、演技フォローしねーとならねぇからなぁ!」 「ッ…」 「迷惑なんだよ、てめーはッBOUSに必要ねぇんだ!来ンじゃねぇよ馬鹿がッ」 「ッ…ぅ」 ヨシは怒鳴ると、アキラを壁へ突き飛ばし、振り返りもせず帰っていった。 飛ばされた反動で座り込む。 「っくそッ!」 悔しさに声を出す。 オレだって来たくねぇよ…明日、も… 理不尽な思いでいっぱいなアキラ。 もう、どうでもいいとナゲヤリな気分になってしまう。 無言で…気怠い身体を起こし近くの駅からタクシーに乗り家に帰っていった。 《険悪者の行方》終

ともだちにシェアしよう!