64 / 82
第64話
みずきはまっすぐヨシに向かって言う。
「俺は、お前のように人を追いつめて弱みにつけこむそのやり方が気に入らないんだ、お前は強いものから逃げているだけだろ、そして自分より弱い存在にあたる事で強くなった気でいるだけなんだ…」
少しずつ歩み寄りながら、自戒を込めてヨシに言いきかす。
「だって、俺は…」
怒っているみずきが恐くて、後ずさりしてしまう。
「そんな事はもうやめろ!ヨシッ」
「ユ、ユウ…」
不安そうなヨシ…
「ヨシ、俺を頼るのはやめて、大人になるんだ!」
突き放すように、かなり強く言うみずき。
「…い、いやだ、そんなコト言うなッ…」
不意にヨシの頬をポロポロと涙がつたい落ちていく…。
「……!」
明らかに先刻のヨシとは別人、あっけにとられるアキラ…
今まで仕事をしてきたけれど、こいつがこんなふうに泣く所なんか見た事がなかった。
「……ヨシ」
みずきが手の届くほど近づいた時。
「くっ来るなーッ!!」
急に大声を出して、セットの机にあたりながら、スタジオから逃げだしてしまうヨシ。
それを見て、ユウは……
「はぁ…」
そう重い溜息をついて、フッとアキラの方を振り返り…
しばらくアキラの姿を見つめるが…、みずきもヨシを追って出ていってしまった。
「……なんだったんだ」
まったく理解不能…
前々からヨシは子供ぽい奴だとは思っていたけど、ユウに対してあんなにも……
「だぁ、もう!ほっとけっつーの!」
精神科的思考にかられていく自分に気付き、1人どなるアキラ。
バスローブをはおり…
「シャワー行こ!」
呟いて重い身体を持ちあげる。
それでも、ヨシの涙と、みずきの振り返った顔が思い出される…。
…ホントなんだったんだ?
まぁこの仕事やってる奴は精神にキてる奴、結構いるし、フツーに暮らしていける奴はこんな仕事やってねーよな…。
だからヨシの奴は金持ちで普通に暮らしているオレが気に入らない、そうなるんだろ…。
「ふぅー気持ちイイー」
温かい湯を全身に浴びて、今日の出来事をすべて忘れ流しているかのように…
(ふぅ、もう少し寝て行こ、急に起こされて寝た気しねーし)
そう思い、個室へ向かうアキラ。
3Fの個室は全部で6部屋ほどある。
そこで休もうとあいている個室を探す。
バスローブ姿で髪をタオルで拭きつつ、荷物を片手に持って歩いている。
1号室は人がいるな…2号室は?
様子を見ようとした途端、1号室の戸が開いてグイッと腕を引かれるアキラ。
「うわっ!なんだ!?」
すぐその人物に目をやる。
「ユウ!?…あれ、ヨシは?」
なんと引き入れたのはみずきだった。
「6号室にいる」
呟くように答えるみずき。
「そう。…なんか、お前も奴も恐いモンあるな…実際」
やや顔をしかめながら言ってしまうアキラ。
「恐いか…確かにな。ヨシにも…」
ふと考えるように俯いて…
「ヨシとはずっと前から兄弟のようにやってきた。でも、アイツは俺を頼り過ぎているんだ…いつまでも、このままではいけない、ヨシの為にも自立して欲しい。それの気持ちを伝えた頃から…ヨシは前以上に荒れ始めた…あいつが悪くなったのは俺のせいでもあるんだ。すまない…」
珍しく長々と話し出すみずきの言葉を大人しく聞いている。
「そんなこと言ったってなぁ‥」
急に謝るみずきを見て、眉間にシワをよせ、怒って言ってみる。
いくらユウに頼ってよーが、結局は自分の問題だろ!
「……ヨシは、俺が離れていく事を恐れている。だから、お前にあたって俺の気をひこうとしているんだ」
「なんでオレなんだよ…」
少しムッとなって言うアキラ。
「それは、俺が…」
言いかけてやめるみずき。
「オレが?」
すぐ聞き返す。
(…それは俺が、おまえに特別な感情を持っている事に雰囲気だけでもヨシは気付いたから…あいつは、無意識でも…自分から俺を奪うものへ敵意を向けて攻撃しているんだ…)
伝えられない想いを、心の中で紡ぐみずき。
「なんだよ、言えねーの!ったく、カゲであんたがオレの事なんて言ってよーが勝手だけどよ、ヨシなんかに言わずに文句があるなら言えよ!今、ここで!!」
なかなか答えないみずきにハラを立て、怒ったままキツく言い放つ。
……完全な誤解。
まっすぐ睨んでくるアキラ。
みずきはキツく手を握りしめてしまう…
自信のない自分…
言えるわけがない。
「あん時みたいに思ってる事言えばいいだろ!オレが迷惑ならそう言えよ!いつもスカして大人きどって、てめーのそう言う所が嫌いなん…」
――バシッ。
その言葉を切らせるようにみずきの平手がアキラの頬に飛ぶ…震える手…。
「ッ痛てーなッ!!」
怒ろうと顔を上げたアキラは、ビクっとする…。
そこには、唇を浅く噛み、涙が止まらなくなった哀しい寂しいカオをしたみずきがいた……。
「……」
かすかに唇が言葉を出そうと動くが……。
それさえ振りきるように個室を出ていくみずき。
「なッ??ユウ?」
状況が今いち掴めないアキラ。
オレ…なんかしたか??オレの方が被害者だろ?
……わからん、アイツは……。
呆気にとられしばし呆然としてしまうアキラだった。
みずきは、すぐ隣2号室へと入りロックをかける。
「っ…ッ…」
アキラの前で見せてしまった涙……。
それ以上に叩いてしまった右手が痛い…。
電気をつけていない部屋は暗くて震えを誘う。
「…わかっていた、けど…」
やっと出た言葉…。
嫌われているのは分かっていた。
だけど…
面と向かって言われる事が、こんなにツライなんて…。
誤解だとコトバで言えなくて…苦しかった。
「……俺だって、こんな自分は嫌いなんだッ…」
アキラのいる1号室に寄りかかりながら言うみずき。
完全防音設計の個室、叫んでも隣には伝わらない。
……こうならないと、俺は生きていけなかったんだ……。
早く大人になる事を強要されて…心を押し殺すことでしか、俺は……。
父さんと暮らしはじめてからは、子どもらしく遊ぶ事は出来なくて、皆が高校進学を決めていく中で自分だけは働く事を考えて……。
……本当は、俺も学校に行きたかった…
他にもやりたい事はたくさんあった…
でも、今さらどうにもならない…時は戻らない…。
ずるずると倒れ込むようにベッドへもぐるみずき。
もう、アキラとはまともに話せない…
これで終わりだ…。
喪失感を胸に、少しの眠りに入る。
1号室にいるアキラも、何がなんだかの状態でベッドに入り、考えるのも疲れてきて眠りに入る。
ヨシも追ってきたユウを追い返し泣き寝入り。
それぞれの個室で時は過ぎていくのだった…。
《束縛と想い》終
ともだちにシェアしよう!