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第3話
「拓海!!」
「……ちあき、ちゃん?」
振り返った拓海は泣いていた。
「なっ、どうしたんだ!?嫌なことでもされたのか!?」
「ううん、違う。僕が勝手に……」
何があったのかはよく分からない。でも、拓海が泣いているのは初めて見た。昔から、僕に甘えるような言葉を言うことはあっても、カッコ悪いとでも思っていたのか泣くのは我慢していたから。
「何か、あったのか?」
沈黙が落ちる。拓海は何かを言おうとしてやめるのを繰り返し、僕は彼が声を発するのをただただ待っていた。
「……本当は、誰にも知られず消えるつもりだったんだ」
やっとのことで絞り出された言葉は、衝撃的な告白。
「きっと、みんなにとって僕は要らない人間だから、だから消えなきゃって。……でも無理だった。もういいやって思うのに、千秋ちゃんを思い出すとあと一歩が踏み込めなくて。何でだろうね。最期も、千秋ちゃんだけには側に居て欲しかったんだ」
「……さい、ご?きえる?何言って」
「うん、ごめん。僕のワガママだってのは分かってる。一生トラウマになるようなことするってことも。でも、僕は千秋ちゃんを見ながら死にたい。千秋ちゃんには忘れられたくない。」
「何言ってんだよ。なんで、そんなもう諦めたようなこと言うんだよ。」
「僕は要らないからだよ。親からも彼女からも愛されない。愛されない人間は、要らないんだ」
拓海の目が暗い。本当に、何もかもを諦めた目をしていた。それが悲しくて、僕は思わず無責任な慰めをする。
「僕がいる!親や彼女のぶんも、僕が拓海のことを愛するから!」
その言葉に、拓海は驚いた顔をした。
「……千秋ちゃん?」
「僕は拓海が死ぬなんて嫌だ!絶対死なせない!」
そう言って、僕は拓海を抱き締めた。ここから飛び降りるなんてさせるものか、そう思って強く強く抱き締めた。
「千秋ちゃんは、僕のことを愛してくれるの……?」
「当たり前だろ!僕は拓海のこと、大好きなんだから……!」
「そっか……」
彼はそう呟いて、身体から力を抜いた。
「千秋ちゃん、腕、解いてくれない?」
「嫌だ」
「もう死のうなんて考えてないから。お願い」
その言葉を信じて、僕はゆっくりと彼から離れる。かと思えば、今度は拓海の方が僕に抱きついてきた。
「千秋ちゃん、愛してる」
「うん。……僕もだよ」
自然な動作で近付いてくる拓海の顔。まるで恋人がするそれのように、唇が重なった。
「なっ、」
僕は勢いよく拓海から離れる。嫌だと思ったわけではないけれど、驚きの気持ちが強すぎた。
「ダメだった?」
「……いや、驚いただけ」
「愛を伝えるには、これが一番だから」
普通は友達どうしで、しかも男同士で、こんなことはしないと思うのだが、拓海があんまり幸せそうに言うものだから深く考えるのをやめた。
「もう一回、いい?」
軽く頷けばもう一度重なる。それはさっきよりも長く、少しだけ息が苦しかった。
「なんか、千秋ちゃんとすると、満たされる感じがするね」
その言葉が嬉しかった。彼にとって僕が特別なんだと改めて感じられたから。
その日は2人、並んで帰った。真っ赤に光る夕陽は、僕らを優しく照らしていた。
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