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第5話

「このあと何か用事あったりする?よかったら一緒に……」 「ないよ、帰ろっか」 彼女の手と自分の手とが重なる。柔らかくて、僕より少し暖かかった。 そして教室を出ようとしたその時、 「きゃっ!?」 彼女が小さな悲鳴をあげた。何事かと思い彼女の視線の先を辿れば、そこには彼の姿。 「拓海?なんでここに」 「たっ、拓海くん、さっきの聞いてた……?」 慌てる僕たちをよそに、拓海は優しい笑みを浮かべながら答える。 「忘れ物を取りに来ただけだよ。聞いちゃったけど誰にも言わないから心配しないで。俺も千秋ちゃんが幸せになってくれるのは嬉しいから」 その言葉を、言葉通りの意味で受け取った僕は安心しきっていた。やっぱり拓海は最高の友達だ、なんて思いながら。 「拓海……。ありがとう、じゃあ僕たちは行くね」 「うん、また明日」 それでもまだ恥ずかしさは拭えなくて、彼女の手を引きながら僕たちは逃げるようにその場を去っていく。 「居たのが拓海くんでよかったぁー。他の男子だったら絶対からかわれてたよ」 「うん、拓海はほんとにいい奴だよ」 だから、彼も早く1人の相手を見つけて幸せになればいいのに。僕だってそう願っているのに、あの一件から拓海は特定の相手を作らずにフラフラと遊ぶことが日常になっていた。 拓海の周りの「好き」は、まるで水のように彼の身体をすり抜けていく。彼もそれを止めない。だって水は彼の周りに常にあるから。その「好き」が誰からの「好き」でも拓海にとっては同じなのだ。 彼の周りにいる女の子の誰か1人でも、それは違うと気付かせてあげてくれればいいのに。 彼女らは拓海をどこか「そういう人」だと見ているから過度な期待はしない。本当の意味で彼女になりたいとは、誰も言い出さない。 それが彼を傷付けていることは、僕だけしか知らない。 「千秋くんは家どのへんなの?」 「南雲町。森山さんは?」 「下沢町だよ。そっかぁ、じゃあそろそろお別れだね」 「送ってくよ」 「ううん、まだ明るいし大丈夫」 「でももう夕暮れ……」 「平気だって。あっ、じゃあ代わりに1つわがまま」 「わがまま?」 「うん、名前で呼んで欲しいなって」 「それくらいなら大丈夫だけど。でも、なんで名前?」 「苗字にさん付けって、すごく距離を遠くに感じるじゃない?」 「確かに……わかった。明日から頑張ってみる」 「うん!」 微笑みながら手を振る彼女は本当に可愛くて、僕なんかには勿体ないと思った。 彼女と別れるとすぐに、自分の家が見えてくる。当然、隣には拓海の家。 彼を置いてくる形になってしまって申し訳なかったと今更ながらに思う。自分自身、拓海が女の子と帰るのを見送るのは少し寂しく感じていたから。 「待ってみるか」 陽がほぼ完全に沈むまでだから、30分くらいは待ったはずだ。それでも彼は帰って来なかった。まだ学校に用事が残っていたんだろうか。 彼に会うのは諦めて、家の中に入った。

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