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第6話

次の日は今までで一番充実した日になった。今まで拓海と2人だけだった世界に、彼女が入り込んでくる。主張の強くない彼女は、僕たちの色にほどよく混ざった。どんなに些細な話でも、それが笑顔に変わる。拓海は意外に人を選ぶタイプで、気の許さない相手が近くにいれば、たとえ僕が隣にいたとしても心からの笑顔で笑うことは滅多にない。口角をあげるだけの、上品な笑い方しかしない。 けれど、今回は別だった。拓海はちゃんと、彼女に向かって自然な笑顔を向けている。それもあって、彼女とならうまくいくかもしれないと思った。拓海だって、彼女のことを認めているんだから。 僕は気付いていなかったんだ。 拓海がどれほど人気者なのか。拓海を好きな女の子たちにとって、その光景がどう映ったのか。 放課後になって教室が慌ただしくなる。チャイムと同時にいなくなる人、文句を言いながらも部活に向かう人、帰りたくないと嘆き、意味もなく教室で時間を潰す人。 「邪魔するのも悪いし、俺は先に帰るから」 そう言う拓海の隣には、また僕の知らない女の子がいた。 「うん、またね」 2人が帰っていくのを、なんとなくモヤモヤした気持ちで見送る。無意識のうちに、拓海のいた場所を見つめ続けていた。 「千秋くん?」 彼女の呼びかけで、ようやくそこから目線を外す。 「僕らも帰ろうか」 2人で歩く帰り道。話していると、彼女はどこか拓海に通ずるところがあると思った。甘え方が上手というか、頼られている感じがするというか。平凡で何も突出したところのない僕が、「頼られている」と感じることに人一倍弱いのは自覚していた。 彼女と昨日の場所で別れれば、5分もしないうちに家に着く。その頃には、もうすっかりモヤモヤした気持ちは消えていた。宿題をして、夕飯を食べて、お風呂に入って。いつものルーティンワークをこなし、一服をしていた午後9時頃。 部屋の中に、着信音が鳴り響く。僕の携帯に電話をかけてくるなんて、母親か彼しかいない。今は家にいるのだから、おそらく彼だろう。 「千秋ちゃん、助けて」 予想通りそれは、拓海からの電話だった。

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