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第7話
「お願い、千秋ちゃんに会いたいよ……」
切羽詰まった拓海の声。愛に飢えて不安定になったときの彼の声だ。行ってあげないと。でも、その役目は本当に僕で正しいのだろうか……?
「ごめん、行けない」
いや、きっと正しくない。だからこの関係はやめるって決めたんだ。彼女と付き合いだした理由だって、断る理由に最適だと思ったからなんだから。
「どうして?用事でもあるの?」
拓海の甘えるような声が、少しだけ低くなる。
「いや、用事はないけど」
何か言い訳を考えておけばよかったのに、僕は馬鹿正直に答えた。
「けど、なに?」
彼の声に不満が内包されていく。ドクドクと鳴る胸を抑えて、ずっと抱いていた違和感をぶつけた。
「だって拓海、キスするだろ?」
そう言えば、数十秒ほどの沈黙が続いた。急にそんなことを言い出した自分を、拓海はどう思ってるんだろう。彼の表情が見えないのが怖い。
「嫌、なの?」
やっと聞こえた声はか細くて、罪悪感が刺激される。
「嫌っていうか、ダメ……だと思う」
僕だって、拓海に頼られるのは嬉しい。それでも、この方が彼のためになると信じて言葉を続けた。
再び電話の向こうの音が消える。
「……わかった。キスはしないって約束するから、僕の部屋に来て。千秋ちゃんと会って話したい」
さっきとは違う、何かを決心した後のような落ち着いた声色。きっと僕の言ったことがしっかり伝わったんだろう。
「わかった。すぐ行く」
僕も表情を見ながらの方が話しやすいと思ったから、彼の提案に乗ることにした。
「母さん、拓海に呼ばれたから行ってくる」
「行ってらっしゃい。泊まりになるなら早く連絡しなさいね」
僕の母は拓海の家庭環境を理解しているため、こういう時は笑顔で送り出してくれる。日頃から拓海を引き取って育てたいと言っているくらいなのだ。
「あっ、少し待って」
そう言って台所に消えた母が、バタバタと音をたてる。戻って来た母の手には、小さな小包が握られていた。
「一人だと食生活が乱れがちになるから。拓海くんに持っていってあげて」
僕は母から渡されたその小包だけを装備して、拓海の家の前に立った。
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