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第10話
朝起きて昨日のことを思い出せば、自然と口から溜め息が漏れた。思えば、キスをするよりも恥ずかしいことをしていた気がする。ベッドの上で抱きしめられながら話すなんて、まるで恋人みたいじゃないか。
「やばっ、もうこんな時間」
時計を見ると午前8時。いつもより30分も遅く起きてしまった。寝ている僕も、昨日の動揺を引きずっていたんだろうか。
急いでパンを食べ、全速力で学校へ向かった。冬へと向かいつつある冷たい風が、少しずつ僕の頭を冷やしていく。
道すがら、どう拓海と顔を合わせればいいかを考えた。そんな僕とは逆に、彼は昨日の拓海が嘘だったかのようにいつも通りだった。
始業チャイム5分前だというのに拓海の周りには人だかりができていて、彼もそれに応えている。
そんな姿に、なんとなく苛立ちを感じた。
僕には彼女と別れろって言っておきながらそんな風に女の子に囲まれてるなんて理不尽じゃないのかとか、僕に昨日のことを悩ませておいて自分は気にしなさすぎなんじゃないか、とか。文句を言いたいことはたくさんある。
でもそんなの、今言えるわけがない。
いつもより乱暴に椅子を引いて、荒っぽく荷物を置いた。静かだったらよく響いたであろうその音は、朝の騒がしさにかき消される。次いで前の扉がガラッと音をたてながら開いた。それが誰かを知っている皆は、一気に声のボリュームを落とす。すぐに学級委員の号令が響いて、簡単な事務連絡と先生の話が耳を流れていく。再び教室に喧騒が戻るまでは5分もかからなかった。
いつもは何ともない休み時間がやけに苦痛に感じられる。きっと「学校での拓海」が、2人きりでいるときよりもずっと遠いからだ。違いが分かる人は少ないかもしれないが、僕といるときの彼とは確かに別人で。意識すればするほどどんな風に声をかけていいのか分からない。
意識的に視線を下に向けていれば、不意に机にできた影。
「千秋ちゃん、おはよ」
「……おはよう」
噂をすれば何とやら。驚いて、妙な間ができてしまった。
「何かあったの?いつもより元気ないね」
「何でもないよ。ただ少し寝坊して、急いで来たから疲れただけ」
拓海のせいだろと言いたくなったのをぐっと堪える。そんな僕の姿を見た拓海は、2人の時だけに見せるようなフワリとした笑みを浮かべた。周りの目を気にして作っていた距離が、急速に縮まる。
「寝坊したのは……僕のせい?」
イタズラした後の子供みたいな、得意げな声。こんなこと、今までなかったのに。学校での拓海は、学校での拓海を演じ切っていたのに。絶対に「僕」なんて言わないくせに。
「ほんと、何でもないから」
動揺しすぎて、その通りなのについ否定してしまった。
上手いタイミングで鳴った授業開始のチャイムに助けられて、甘い空気が離散する。今日ばかりは、何も考えずに座っていられる授業をありがたく思った。
それからは、会話はするけれど目を合わせられない日が続いて、気付けば金曜日の放課後になっていた。
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