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○第13話○
千秋ちゃんを傷付けたいわけじゃない。ましてや、千秋ちゃんに嫌われたいわけでもない。
ただ僕の愛されたいという欲を、自分の中で消化できなかっただけ。
「断ったら、拓海は傷付くんだろ?」
そう言われたことを思い出して、やるせない気持ちになる。千秋ちゃんは優しいだけ。きっと今日僕がしたことに、彼自身が望んだことなんて1つもない。
わかっているのに止められなかった。
『止める気なんてなかったくせに』
頭の中に声が響く。
千秋ちゃんが初めて僕のお願いを拒んだ日、あの時の電話から聞こえるようになった声。
「千秋ちゃん、助けて。お願い、千秋ちゃんに会いたいよ……」
あの日、いつも通り愛を「補給」しようと僕は千秋ちゃんに電話をかけた。そう言えば彼は何も聞かずに僕を受け入れてくれるし、「補給」の効率良さも何故か千秋ちゃんが一番だったから。
でも彼は、その日初めてそれを拒んだ。
「ごめん、行けない」
「どうして?用事でもあるの?」
すぐさま僕はそう聞いていた。
きっと親戚が倒れたとか、そんな急な用事ができたんだろう。そうじゃなきゃ、千秋ちゃんが僕を拒むはずがない。
「いや、用事はないけど」
だから、その言葉を聞いたときの衝撃は大きかった。不安とも怒りとも言えない暗い気持ちが、心の中を渦巻く。
「けど、なに?」
取り繕う余裕もなくて、感情そのままに問いかける。千秋ちゃんは長い間のあと、こう言った。
「だって拓海、キスするだろ?」
だから何。そんなの今までと何も変わらない。
「嫌、なの?」
「嫌って言うか、ダメ……だと思う」
思うとか、そんな不確かな理由で拒まないで。どうしてそんなことを急に言いだすの。
『分からない?』
その時僕は、初めて自分の中の声を聞いた。
『お前が、千秋の一番じゃなくなったからだよ』
僕の中の声は極めて的確に、僕の疑問への答えを出す。答えているのは僕なのだから、本当にその答えが正解なのかは分からないけれど。
『思い出してみて?今までと今日の違い』
その声に促されて思い出してみれば、彼に起こった変化なんて1つしかなかった。
『……そう、彼女。千秋は、お前より彼女を優先した。彼女を裏切らないために、お前とのキスはやめようって言ったんだ』
携帯を持つ手の震えが止まらない。
『お前はずっと、千秋の中の一番になることを望んできたはずだ。いい加減、気付かないフリをするのはやめなよ』
声が笑う。自嘲のような、あるいは僕を挑発するような笑み。……苛つく。
「わかった。キスはしないって約束するから、僕の部屋に来て。千秋ちゃんと会って話したい」
だから僕はその挑発にのった。自分の言葉からなら自分を律せると、そう思ったんだ。
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