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第16話

「朝ごはん、食べる?」 まだ寝ぼけているような声を出しながら彼が言う。再び時間を確認して、少し考えた。朝ごはんにしては遅く、昼ごはんにしては早い。 「少しもらってもいい?」 「ん。じゃあパンにジャムくらいで。昼は何か作るから」 拓海は料理もできる。中学の頃から寝にだけ帰ってくる父親の代わりに夕飯を作り、高校生になってからは時々父親が置きにくるお金だけで生活をしているためだ。そのお金というのも裁判沙汰になるのを回避する程度の最小限のもの。たとえ毎日カップラーメンで生活したとしても、お金はかかるし栄養も偏る。それで病気になっては元も子もない。だから仕方なく自炊をするようになったそうだ。 毎週こうなるなら食費を払うべきか……?と思ったが、そんな気の遣い方をしても拓海は喜ばないだろう。今度何か、自然な流れで奢ってやろうと心に決める。 「待ってて」 扉が閉まり、トントンと階段を降りる軽快な音が響いた。ご飯を食べさせてもらう上に何も手伝わないなんてと申し訳ない気持ちになるが、手錠の鎖はベッドの脚にはめられているためこの部屋以外には出られない。 いや、たとえこの状況じゃなくても、きっと僕はこの部屋で待っていただろう。 以前手伝うために拓海についていこうとしたら「千秋ちゃんを穢したくないから。僕の部屋以外には入らないで」と冷たい声で言われたからだ。 2人でリビングに下りれば手間がかからないのに、彼はわざわざ食パンののったお皿とジュースのはいったコップをトレイにのせてやってくる。 「イチゴ、好きだよね?」 「うん。ありがと」 コトン、と机の上に置かれるトレイ。薄く焼き色のついたパンには、ほどよく苺ジャムが塗られていた。 「手、貸して?それじゃ不便でしょ」 差し出せば、拓海はスマホを取り出した。頭に疑問符を浮かべていると、そこにぶらさがっていたストラップが目につく。 「そんなとこに付けたのかよ」 「うん、キーケースにいれるよりも見える時間長いかなって思って」 カチッと音をたてて両手の重さが消える。 「はい」 拓海は外された手錠を大切そうにベッドに置いた。 僕らは机を挟んで、向かい合って座る。 いただきます、と手を合わせてパンを齧れば、カリっと音がした。 「美味しい」 「大げさだよ。トーストしただけなのに」 それでも普段は面倒でそのまま食べてしまうから、ほんのり温かいパンは新鮮で美味しかった。 「でもほんとだ、美味しい」 拓海の少し茶色がかった瞳が細くなる。 「千秋ちゃんがいるからかな」 僕は笑いながら、「拓海こそ大げさだよ」と返した。

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