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○第19話○
千秋ちゃんの言葉で熱くなった頬を、まだ水が少し残ったままの冷たい手で冷やす。熱でもあるんじゃないかと錯覚するほど、その温度差は激しかった。
あんなことを言われると舞い上がってしまう。希望を持ってしまう。……千秋ちゃんの中でも、僕は特別なんじゃないかって。
甘い卵焼きと味噌汁と、お肉を多めにいれた野菜炒め。高校生男子には少し物足りないかもしれないが、簡単な上に美味しいので重宝している。卵焼きが甘いのは、もちろん千秋ちゃんの好みだからだ。
喜んでもらえるだろうか、とワクワクする気持ちを抑えながら階段をあがる。扉を開ければ、千秋ちゃんは待ってましたとばかりにこちらを見た。
「わっ、美味しそう!」
机に置かれるのも待たずに、無邪気という言葉の似合う彼はトレイの上の食器を覗き込む。
「やっぱ拓海はすごいな」
こんなことで褒めてもらえるのなら、千秋ちゃんが喜んでくれるというのなら、僕はいつだって彼のためにご飯を作るのに。
「ありがとう」
トレイと引き換えに机の上に置いてあった携帯を手に取って、もう片方の掌を上に向ける。意図を汲み取った千秋ちゃんは、迷いなく両手を僕の掌の上にのせた。
「なぁ、なんで置いてったの?」
千秋ちゃんの質問の意味が分からなくて黙っていると、鍵だよ、と言われる。
「忘れてたわけじゃないんだろ?」
心臓がトクンと跳ねた。きっと千秋ちゃんにとっては何気ない疑問なのかもしれないが、それは僕の醜い心を浮き彫りにするような問い。
無理やり側にいさせるのと、逃げられる状況でそれでも側にいてくれること。どちらがより愛されていることを感じられるかなんて、火を見るよりも明らかだろう。
千秋ちゃんの性格をわかった上でしているのだから、本当はこんなことに意味はないなんてことわかっている。けれど、気休めでも、僕は愛されているという実感がほしい。
「千秋ちゃんを信じてるからだよ」
だから、僕のことは裏切れないでしょう?言外にそんな言葉を匂わせて。手錠よりも重い鎖を、言葉で付けるように。
「矛盾してるな」
「……そうだね」
千秋ちゃんの手から離れた手錠を、少しだけ荒っぽくベッドへと置いた。「矛盾」という言葉が、今の自分の状態に妙にしっくりくる。
「いただきまーす」
そんな僕を無視して、千秋ちゃんは食べ始めた。
「うん、美味しい!」
僕の昔の写真なんかより、今の千秋ちゃんの笑顔のほうがよっぽど天使だと思う。
「いただきます」と手を合わせる仕草は、彼を拝んでいるようだと思った。
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