27 / 60

第27話

「今から行く」と打てば、「あいてる」とだけ返される。漢字すら使っていない子供っぽい返しに笑うと同時に、何が?なんて不毛な問いをしなくても伝わることに嬉しさを感じた。 そのメッセージを許可と捉え、勝手に拓海の家の扉を開ける。そのまま彼の部屋の前まで行くと、今度は中から扉が開いた。 「いらっしゃい」 優しく柔らかい拓海の声。彼は僕を見ると、ふっと目を細めて笑った。 「どうしたの?」 その笑顔にどこか引っかかりを覚えて立ち尽くしていると、拓海が不思議そうに尋ねてくる。なぜ引っかかったのかは僕にも分からなくて「なんでもない」と答えて中に入った。 「いいよ、どこでも座って」と言われたので部屋の真ん中にあった低い机の前に座ると、拓海が僕の反対側に座る。 彼は何も持たないまま、 僕に何もつけないまま座った。 「やめたの?」 何を、かは言わなくてもちゃんと伝わったようで 「もう必要なくなったから」 と返される。 でも僕は、そう言った彼の意図を理解できなかった。 「どうして?」 拓海は答えない。諦めずにじっと彼の目を見つめていれば、辛うじて答えが返ってくる。 「明日になればわかるよ」 だがそれも的を射ない答えで。きっと触れてほしくないことなんだろうということだけは分かり、深く追及するのはやめた。 もし僕に気を遣っているのなら、そんな考えは捨ててくれればいいのに。「証」を与えられない手首を、少しだけ寂しいと思った。 「あっ、そうだ」 今ふと思い出したというように、そしてこの微妙な空気を打ち破るように、彼は殊更明るい声を出す。 「明日のデート、旭公園に行こっか」 そういえば土曜日にデートに行こうと言われていたなと、僕も今話を聞いて、初めて思い出した。 「僕はいいけど。何で公園?」 拓海はアウトドア派ではなかったはずなのに。 どちらかといえば彼は、僕が外に行こうと誘っても頑としてこの部屋から出たくないと主張するタイプだ。 「何となくだよ。朝行くからちゃんと起きてね」 「……拓海にだけは言われたくないんだけど」 休日なのに早起きなんてつくづく彼らしくないと思いながらも、それだけ出掛けるのを楽しみにされているようで、悪い気はしなかった。

ともだちにシェアしよう!