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第29話
ピリリリリリリ……。
拓海の手を振りほどき、騒々しい目覚ましの音を消して起き上がる。案の定、彼は隣でスヤスヤと寝息をたててまま。
「拓海が起きろって言ったんだろ……」
一向に起きる気配のない拓海に少しだけイラつき、鼻をきゅっとつまんでやる。
「ん……」
彼は苦しそうに顔を歪めながらパタパタと手を動かし、僕の手を払おうとした。さすがの拓海にもこれは効いたようで、ゆっくりと目を覚ます。
「おはよう……?」
「おはよ。大丈夫か?目赤いけど」
「目?あぁうん、大丈夫」
そう言って彼は軽く目を擦ったあと、フラフラと階下へ降りていった。5分も経たないうちに、先週と同じ朝食を持って戻ってくる。
「食べ終わったら行こう」と言われ、9時半には家を出た。
「寒っ」
思わずそんな声が出てしまうほど外の風は冷たい。
「上着いる?僕のがもう1着ならあるけど」
「いいの?できれば借りたい」
どうぞと渡された上着を羽織って、僕たちは旭公園へと向かった。
休日の朝の公園。寒さも影響しているのだろう、そこには誰もいなかった。
拓海はさっきから隣でチラチラと、なぜかずっと時計を気にしている。
「ブランコでもやるか?」
そう聞いても、彼は首を振って「少し待ってて」と答えるばかり。
一体何を待っているんだろうかと思っていると、少しの間のあと拓海は僕に向き直った。
「千秋ちゃん」
そのまま名前を呼ばれてーー何の前触れもなく口が塞がれる。一瞬、何が起こっているのか分からなかった。
「なに、す……んっ」
それはどんどん深くなっていき、頭もぼーっとしていく。身体から力を抜けていくような、そんな心地さえした。
それでも拓海が離れていくときにはなんとか理性を取り戻し、抵抗の意を示す。
「こんなところで何してんだよ!誰かに見られたりしたら……!」
そんな僕の怒りの声に、彼は妖艶という言葉の似合いそうな笑みで返した。
「……見せつけてるんだよ」
彼の視線に誘導されるようにして後ろを振り向けば、そこには「彼女」の姿。
「千秋、くん……?」
「なんで……」
驚きを含んだ僕らの声が、重なった。
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