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○第31話○
知っていた。最初から望んでなんていなかった。
……なのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「拓海は先に、家に帰ってて」
その言葉が意味するところは1つ。
千秋ちゃんは彼女を選んだ、ってこと。
「ハハ……」
口から乾いた笑いが漏れる。馬鹿みたいだ。自分で彼女を選べって言っておいてこのザマなんて。
周りの景色なんて目に入らないほど、全速力で家へと走る。珍しく鍵をしっかりしめて、部屋の扉も乱暴に閉めて、自分を消す準備を始めた。
まずは写真。……千秋ちゃんの隣に、僕が写っていてはいけないから。
アルバムの中から2人で写っている写真を抜き取り、自分が写っている部分だけをビリビリに破く。
死期を先延ばしにするように、1枚1枚入念に。
本当は僕が千秋ちゃんの写真を持っていることさえ許されないけれど、どうしても千秋ちゃんの写真を捨てることはできなくて。
「……ごめんね」
そう呟きながら、綺麗なまま残った千秋ちゃん側の写真だけをまたアルバムに戻した。
そんな時、ガチャガチャと扉が開けられようとする音が響く。
泥棒だろうか?だったら扉を開けたままにしておけば良かったと、見当外れな後悔が浮かんだ。
その音が止んだかと思えば、続いてスマホが震えだす。画面に表示されたのは、千秋ちゃんの名前。
今更僕に、何の用があるんだろう。てっきり美穂ちゃんと上手くいって、そのまま何処かへ出かけるものだと思ってたのに。
「拒否」のボタンを押せば、部屋が静かになった。
正直、今は千秋ちゃんには会いたくない。今会えば、帰したくないと思ってしまいそうだから。
でも静かになったのは一瞬で、またスマホが震えだした。そこで僕は千秋ちゃんの用事にやっと思い至る。意を決して電話に出た。
「僕の上着なら玄関に置いておいて」
それだけ言って、また電話を切る。何か千秋ちゃんが言っていたけれど、聞けば辛くなってしまうからと無視をした。
それでもスマホは止まってくれない。止まったかと思えば鳴って、また止まっては鳴り続ける。どうやら、電話の合間にメッセージを送っているみたいだった。
一番最新の画面に表示されたメッセージは、
「伝えたいことがあるから開けて」
どうせ彼女とうまくいったってことだろう。そんなの、今は聞きたくない。
スマホの震える音に声までが加勢に入って、より静けさが壊された。
『いいじゃん。お前だって千秋に会いたいんだろ?』
……違う、会いたくない。
『じゃあ、帰れって言ったら?それが言えないなら、期待してる証拠だよ』
……期待なんて、していない。
そう証明するために、震える手で電話に出た。帰ってと、ただ一言。それだけを言えばいい。
「拓海!!」
なのに、電話越しに叫ばれた自分の名前に、頭が真っ白になった。
「……なんで、僕のところに来たの」
声に出すことができたのは、縋るような問い。
「拓海が言ったんだろ、大切な方を選べって」
彼はそれに、真っ直ぐに答えた。
「だから、拓海を選びに来た」
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