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第32話

拓海が走り去っていってから、僕は覚悟を決め、彼女に向かって頭を下げた。 「ごめん、やっぱり美穂とは付き合えない」 「……それは、千秋くんも拓海くんのことが好きってこと?」 「ううん。僕はきっと、そういう意味で拓海のことが好きなわけじゃない」 「だったら……!」 「でも、一番大切なのはって聞かれて、ずっと一緒に居たいのは誰かって考えたら、僕には拓海しか思い浮かばなかったんだ」 本当は反省をしなければいけないのに、そう言葉にすればなぜか気分まで晴れていく。きっと、気付いたからだ。一番大切なモノに。 「何それ……。それもう、好きってことじゃん」 彼女が小声で何かを言う。あえて聞かれないようにしているのか、その言葉は僕に届く前に空気に溶けていった。 「あーあ、拓海くんを帰したってことは私を選んでくれたってことだと思ったのになー」 彼女はおどけた調子でそう言う。 その言葉に、彼の去り際の表情はそういう意味だったのかもしれないと気付いた。もし拓海にもそう誤解されていたとしたら……早く彼のもとへ行かないと。 「でも、しょうがないよね。拓海くんの言葉を聞いて、彼には勝てないって私も思ったから」 そして彼女は、僕の心中を察しているかのように、自然に僕の背中を押した。 「拓海くんの方に行ってあげて。それで、『貸し返してよ。ちゃんと誤解は解いてね』って伝えて」 その言葉の意味するところは理解できなかったけれど、僕が進む理由をくれた彼女の気丈な優しさにただただ感謝をする。 「美穂……ありがとう」 今度は感謝の意で頭を下げて、僕は走り出した。 周りの景色なんて気にする余裕もないほど、1秒でも早く拓海のもとへ行こうと足を動かす。 気持ちが昂ぶるあまり、許可も貰っていないのに彼の家の扉を開けようとしてーー鍵がかかっていることに気が付いた。 まだ帰ってないのか……?そう思ったが、拓海の部屋だけ電気が付いている。出かける前には消えていたから、中にいるのは確かだろう。 電話をかける。が、拓海は出てくれない。思いあがりでなければ、たぶんその理由は美穂が言っていた通りだ。僕が美穂を選んだ、きっと拓海はそう思ってる。 違うんだって伝えなきゃ。僕は拓海を選んだって伝えなきゃ。そう思って何度も電話をかける。やっと出てくれたかと思えば、 「僕の上着なら玄関に置いておいて」 とだけ言われ、また切られた。 そんな態度にだんだんムカついてきて、狂ったように電話とメッセージを送る。 「電話出て」 「中にいるんでしょ」 「鍵開けて」 「どうして無視するの」 「伝えたいことがあるから開けて」 まるでストーカーみたいだと思いながら、その動作を繰り返す。 5回ほど繰り返して、やっと電話が通じた。 「なんで、僕のところに来たの」 本当は無視したことを怒ってやるつもりだった。でもその声があまりにも憔悴していたから、僕は早く伝えることを優先する。 そんなの拓海を選んだからに決まってるだろって。

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