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○第34話○

ーーもう、後のことなんてどうでもいい。 彼の服を捲り上げ、現れた肌に指を這わせる。 「なに、して」 「許してくれるんでしょ?」 大切なものを撫でるように、触れるか触れないかの力で。 「くすぐったいから……!」 彼の頭上でガチャガチャと鎖の擦れる音が響く。 身をよじる千秋ちゃんが可愛い。 もっと、彼の色んな表情が見たい。 そう思って、今度は彼の肌に顔を近づける。 「ひっ!」 舌で触れれば、彼の身体が一際大きくビクついた。 「なんで……」 彼の質問には答えずに、腹部から心臓あたりに向かって舐め上げる。 緊張か恐怖か、はたまた別の感情からか。舌越しにはっきりと動いているのが分かるほど、彼の鼓動が大きい。 その動きを、彼を生かす器官を。自分のものにできればいいのにと、僕はそこへ口付ける。そのままキツく吸えば、彼の肌に紅い跡が残った。 「綺麗……」 僕は思わずそう呟き、その跡を彼の身体に定着させようと上からなぞる。 ……ここまでしても、千秋ちゃんは『やめろ』と言わなかった。 「言わなくていいの?」 もう一度尋ねる。 「僕がこれから千秋ちゃんに何しようとしてるか、ちゃんと分かってる?」 ベッドの上で、1人は服を乱しながら見上げ、かたやもう1人は愛しげに見下ろす。 いくら千秋ちゃんがそういうことに疎くても、この先は察しがつくだろう。 「分かんないよ」 彼が答える。 「拓海が僕にどうしてほしいのか、分かんない」 それは予想外で、とても千秋ちゃんらしい答え。 「本当に僕に、『やめろ』って言ってほしいの?」 僕はそれに答えられない。黙っていると、さらに質問が飛んできた。 「今泣いてる意味は何?」 そう言われて、初めて自分が泣いていたことに気が付く。気付いたことで、辛うじて抑えられていた涙が止まらなくなった。 「どうして?なんで千秋ちゃんはそんなに優しいの……?諦めさせてほしいのに、千秋ちゃんがそんな風だから……」 涙と同時に、言葉までも抑えが効かなくなる。 「あの時だってそう。最期に傍にいてほしかっただけなのに。愛してるなんて、そんな嘘の言葉なんか言ってくれなくて良かった……!」 まるで子供みたいに、理不尽な怒りが湧き上がってくる。彼が1つも悪くないことくらい、僕は十分すぎるほど知っているのに。 「……本心じゃない優しさなんて要らない。本当は、今だって嫌なんでしょう?なんでいつも言ってくれないの。どうして、全て受け入れるの」 その理由くらい本当は分かってる。千秋ちゃんは僕の境遇を知っているから、特に僕に対しては優しいんだ。でも、だからこそ、義務感で一緒にいてくれるのではないかと疑ってしまう。それが怖かった。 そんな僕に彼は笑って答える。特別な意味を持ったものじゃない、いつもの何気ない会話のときに向ける笑顔。 「馬鹿だな。そんなことずっと思ってたの?……嫌だと思ってないから、嫌って言う必要がないだけ。それ以外に理由がある?」 彼はその大きな心で、僕の弱い部分を優しく包んでいく。 「それに、この前はちゃんと言っただろ?キスはやめろって。結局守ってもらえなかったし、今はもう美穂とも別れたからいいけど」 だから、『やめろ』って言わないのが僕の本心なんだよ。 信じた?と、彼が得意げに言った。

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