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○第38話○
千秋ちゃんの言葉に、急速に頭が冷えていく。
「愛してる」と「好き」。
それは僕にとっては、似て非なるもの。
言い直したのが偶然でないなら、きっと千秋ちゃんの中にもまた彼なりの線引きがあるのだろう。
「ハハ……」
それを聞いて心に浮かんだのは、『愛してるって言って』というこの世で最もナンセンスなお願い。
哀しさやら悔しさやら、自分への怒りやらで、呆れに似た笑いが漏れ出す。
嘘の言葉なんていらないと言った直後に、そんな欲を生み出すなんて。
「拓海?」
僕の心の変化を敏感に感じ取った彼は、ぼっーとしたままの僕に声をかける。
「ほんと、千秋ちゃんは変わってるよね」
そう返せば、拓海に言われるなんて心外だと言われた。僕の言う意味を理解していない彼に、こう言葉を続ける。
「愛してない人に、こんなことをゆるすなんてダメだよ」
過去の自分も、今まで僕が彼にしていたことも棚に上げて、諭すようにそう言った。自分自身にも、これ以上はダメだと言い聞かせるように。
千秋ちゃんは、千秋ちゃんとだけは、心が通じる前にこの先に進んではいけない。
なんとなく今、強くそう思った。
だって、進んだところで何も得られない。それは僕の人生で実証し尽くされている。
それならば、それは愛を確認するための行為でありたい。
「愛してないわけじゃ……」
彼の言葉がそこで止まる。本当に期待をしていないのかと言われれば嘘になるが、今はそれで十分だと思うことにした。
その代わりに1つ、提案をする。
「千秋ちゃん、約束しよう」
「約束?」
「僕は千秋ちゃんが僕を愛してくれるまでこれ以上のことはしない。だから千秋ちゃんは、僕のすることに対しては本心で応えるっていう約束」
我ながら、なんて自分に都合のいい約束なんだと思う。それでも彼は、予想通りそれを受け入れた。
「じゃあ、指切りしよっか」
「証」を解けば、彼がヨロヨロと上半身を起こす。向かい合って座り彼の手に自分の手を近付ければ、彼も小指を突き立てた。その指に自分の指を絡ませる。
「ゆーびきーりげんまん嘘ついたら……」
僕が針千本飲むからね、と脅しのような宣言をして指を切った。こんな風に約束をしたのは、小学校ぶりかもしれない。
「ごめんね、ベタベタしたままだと気持ち悪いでしょ。ご飯作ってくるから、シャワー浴びてて。玄関からまっすぐ行った、茶色い扉の奥だから」
そう言い残して部屋を出る。
小指を両手で包み込んだまま、階段を下りた。
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