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第39話
外された手首にはくっきりと赤い跡が残っていた。なぞってみても痛みはないが、なにぶん目立つ。袖口のため隠しにくい場所で、学校に行くまでに治るだろうかと少し不安になった。
「……よし」
そんなことを考えていても仕方がないと、脱力しきった身体に声で気合を入れる。すっと勢いよく立ち上がれば、軽く目眩がした。
このまま歩くのもどうかと思い、散乱した自分の服を拾い集めていく。だが着ればせっかく脱いだ服を汚してしまうことになるため、持つことで前を隠すだけにとどめた。
なんとかそれらを片手だけに抱えて、ゆっくりとドアノブをひねる。
階段を下りるのにもドキドキしながら、彼の言った扉へと近付いた。
ドキドキするのは確かにこんな格好のせいもある。しかし一番の理由は、拓海の家で彼の部屋以外の扉を開けたのがこれが初めてだったからだ。
そこには洗面台と洗濯機があり、その向こうには浴室がある。
タオルが置いてあった場所の上に服を置かせてもらって、中へと入った。
シャワーの水を出し、それがお湯に変わるまでじっと待つ。いつもより少しぬるいくらいの温度で、身体に掛け始めた。
……水と一緒に色々なものが流れていく。
おそるおそる身体に触れれば、まだ少しヌメり気があった。それに触発されて、拓海の顔や声が思い出されていく。
泣いたもの。怒ったもの。そして幸せそうな、引き込まれそうなほど美しい笑顔。
思えば先週から、今まで見えてこなかった「拓海」のたくさんの表情を見ている気がする。
驚くこともあったし、時には怖いとも感じたけれど、そんなの気にならないくらい嬉しかった。
彼は僕に本心を言わないと言ったが、僕だって拓海には本心を隠されていると思っていたから。
「約束……」
本心という言葉から連想されて、今し方した約束を思い出す。やけに「愛してる」という言葉にこだわる彼が、不思議だった。
思えば約束をする直前、僕が「好き」だと言ってから彼の様子はおかしくなった。急に冷めたというか、よそよそしくなったというか、そんな感じ。
別に、僕の中で明確な「愛してる」と「好き」の違いがあったわけでは無かった。ただ、口をついて出た言葉が「好き」の方だったというだけ。
なぜ僕は、無意識に言い換えてしまったのだろう。どうして拓海は、「愛してる」に拘るのだろう。
答えを求めるように、約束に使った小指をぎゅっと握りしめた。
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