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第41話
ベッドの上に腰を下ろせば、ほぼそれと同時に階段を上がってくる音が聞こえ始める。
部屋に入ってきた彼の持つトレイの上には、見事なオムライスがのっていた。
「わっ、美味しそう!」
破れることなく、綺麗にご飯を包む卵。
ほんのりとしたケチャップの香りが、より食欲を駆り立てる。
「いただきます」
スプーンで一口分をすくい、軽く冷ましてから口に入れた。少しだけトロッとした卵は、僕の好みの焼き具合そのもの。
「おいしい!」
そう言えば、拓海が「よかった」と言って朗らかに笑った。暖かい何かが、じわじわと心に染み込んでくるのを感じる。
その勢いのまま伝えようかとも思ったけれど、脈絡も何もなく「愛してる」と言うのはおかしい気がして。タイミングを計っているうちに、どんどんオムライスは減っていく。
結局食事中は、何も言い出せずに終わってしまった。
「千秋ちゃん、手」
皿を片付け終わった拓海が、掌を上に向けて言う。彼の手の上に両手を置けば、彼の眉がピクリと動いた。
「……やっぱり痕、ついちゃってるね」
それは後悔にしては甘く、満足にしては冷たい声。
そのまま離れていこうとした彼の手を、僕は思わず掴んだ。
「どうしたの?」
不思議そうに聞いてくる彼に、
「……つけて」
とねだる。固まった拓海を見て、ようやくハッとした。
「っ、何でもない!」
自分の行動が恥ずかしくなって、弾かれたように手を引っ込める。そうすれば彼の手が追いかけてきた。
「やっぱりダメ。このままじっとしてて」
両手を空気の上に固定されて、動かすことが出来なくなる。チャリ……という音が聞こえて、なぜか鼓動が高鳴った。
「痛くなったら外すから、ちゃんと言ってね」
「動かなきゃ平気だよ」
カチリ、という音に安心感が湧いてくる。
この儀式は、僕にとっても拓海との繋がりを確信できるものだったんだと気付いた。
きっとここで言うのが正解だったろうに、僕は安堵の気持ちのあまり伝えるべき言葉を見失っていた。そのまま時間が過ぎて、拓海と別れねばならない夕方がやってくる。
もう学校なんてなければいいのに。ずっと、この部屋に居られればいいのに。
そう感じながら、再び手錠が外される音を聞いた。
「また学校でね」
「うん」と言って外へ踏み出そうとし、学校という言葉から、美穂から預かっていた伝言があったことを思い出す。
「そういえば、美穂が『貸し返してよ。ちゃんと誤解は解いてね』って拓海に伝えてくれって。やっぱり、彼女との間に何かあったのか?」
そう聞けば、彼は少し驚いた顔をしたあと「もう解決したよ」と言って僕の頭を撫でた。
その行動に疑問を持ったものの、彼の手が気持ちよくて深く考えずに受け入れる。
「じゃあ、また」
そう言って、今度こそ彼の反対側へと歩き出した。
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