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第42話・3週目[約束]

僕らのかすかな気持ちの変化なんて、学校という日常の枠組みの中では本当にちっぽけなもので。 それはすなわち、その枠組みの中では僕らも、行動において何も変えられないことを意味していた。 いつも通り家を出て、拓海の家の前を通り過ぎて学校へと向かう。 こんなに家が近いにも関わらず、僕らは一緒に登校をしていなかった。 それは彼が起きるのが遅いという理由もあるが、たくさんの人に挨拶をされる彼に劣等感のようなものを感じたのがきっかけだった。 登校は別々にしよう、と約束した当時は解放された気分でいたが、今となっては少し後悔している。 1人で歩く冬の道は、寒くて寂しい。 学校に着けば、すぐさま今日ある小テストの勉強を始めた。いつもは寝る前にやってくるのだが、昨日は布団に入るなり寝てしまって出来なかったから。 そして、もう1つの理由のために。 「千秋くん、おはよ!」 その声に顔をあげる。それは期待していたのとは違うものだが、僕にとって嬉しい声だった。 「おはよう」 心のどこかでもう話せないのではと諦めていたから、彼女の方から話しかけてくれたのがとても嬉しい。改めて彼女の心の広さに感謝をした。 ただ付き合っているという事実がなくなっただけのように、僕と美穂の関係もまた変わらない。 「あっ」 美穂が小さく声をあげる。つられて視線を上げれば、彼が教室に入ってきたのが分かった。 それにより教室の各所からは、一気に「おはよう」の言葉が飛んでいく。 僕はあえてそれに加わらず、まだ勉強をしながら美穂との会話に興じているフリをした。 まるで彼が来たことになんて、気付かないとでもいうように。 ……そうすれば彼の方から来てくれると知っているから。 それがもう1つの理由で、彼の特別であることを確かめるための最近使うようになった手段だった。 彼が来てくれるまでの時間をやけに長く感じる。英単語も、美穂の声も、表面を流れていき頭にまで入ってこない。 5分か10分か。もしくはもっと短い時間だったのか。正確には分からないが、単語帳にできた影で彼が来てくれたことを知った。 「おはよう、千秋ちゃん」 「おはよ」 後ろを振り返って答える。 何気ない挨拶は、確かに僕の中に安心と優越感を生んだ。

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