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○第43話○
目覚ましの音に促されて目を開ける。
枕の横に置いたままの手錠に手を伸ばし、何気なくそれを弄んだ。クルクルと回したり、わざと音を立ててみたり。
それでも温度の上がらない手錠に、急に興味を失って壁へと放り投げる。カシャンと音が響いて、それは虚しくも布団の上に落ちた。
千秋ちゃんが嵌めている間は魅力的なものに見えていたのに、と。それを冷ややかな目で見つめながら立ち上がる。
まだ薄ぼんやりとする頭で、歯を磨いたり顔を洗ったりと必要最低限のマナーをこなしていく。特に遅刻しそうという時間でもないが、面倒だという理由だけで朝食も食べずに家を出た。
大抵は知り合いに会って一緒に行くのだが、今日は珍しく学校に着くまで1人だった。
話す相手がいないのは心地いいはずなのに、どこか寂しい気がする。今ならそれが誰のせいなのか……自分が本当は誰を求めているか、はっきりと分かった。
クラスの扉を開けて、僕の全てを支配する彼に目をやる。周りから飛んでくる挨拶に答えながらも、視線と思考、僕の全ては彼のところにあった。
それなのに彼は僕を見てくれない。
それどころか、別れたという美穂と談笑している。
……気に食わない。
彼の意識を独占している彼女も、彼の視線を受けている英単語帳も。
そう思って僕は、いつもは彼の正面に立って「おはよう」と言うところを、今日はあえて後ろから言った。そうすれば彼は、予想通り後ろを振り返って「おはよ」と返してくれる。
彼女からも英単語帳からも視線を外して、僕だけを見てくれる。
チラと彼女を見れば、彼女は苦笑しながら僕の方へと歩いてきた。それを避けるように左へと移動して、千秋ちゃんの肩に手をおく。まるで、彼を盗られまいとするように。彼女はすれ違いざま、僕にだけ聞こえる声でこう言った。
「そんなに怖い顔しないでよ。……私はもう諦めたんだから」
そのまま自分の席へと歩いていく彼女。その言葉に僕は驚いて、慌てて彼の肩から手を離した。
他人の目に分かるまでに、僕は自分の感情をコントロール出来なくなっているのかと。
朝からそうだ。僕の心の中は、今まで以上に千秋ちゃんに満たされている。
このままではいけない。いつも通りを心がけなくては。千秋ちゃんのためにも、バレるわけにはいかない。
「またね」と告げる余裕もなく、すぅっと自分の席へ戻る。気を紛らわせるように、周りの人たちとの会話に集中した。
……僕が彼を求めることが許されるのは、あの時間、あの場所だけなのだからと。
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