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○第53話○

千秋ちゃんが出てきたのと交代で風呂に向かい、軽く身体と髪を洗う。久しぶりに肩までお湯に浸かれば、凝り固まった筋肉がほぐれていくような気がした。 「ただいま」 十数分ほどで上がって、そう言つつ扉を開けたのに、千秋ちゃんからの返事がない。その上姿も見当たらなくて、真っ先に浮かんだのは、自分は幻を見ていたのではないかという最悪の想像。 「寝て、る?」 現実を認めたくない頭が、こんもりと盛り上がった布団を捉えた。ほんの少ししかない距離を駆け寄って、思い切り布団を捲る。 そこには身体を丸めて眠る千秋ちゃんの姿があって、僕は大きく息を吐いた。 「良かった……」 眠る彼の手を取って、1秒にも満たないキスをする。きっとシーツのないそこは硬いだろうから、一旦起こして布団を敷いて、バスタオルでも巻いて寒さを凌ごう。 「千秋ちゃん、起きて」 そう言って、そういえば彼の寝顔を見るなんて滅多になかったかもしれないと気付く。朝は千秋ちゃんの方が先に起きてしまうし、夜も暗い中でははっきりと見えないから。 「ん……」 こうして千秋ちゃんの顔をじっと見ていられるなら、たまには早起きもいいのかもしれない。 「そのまま寝ると身体痛めるかもだから」 まだ半分寝ているであろう千秋ちゃんはふらふらと起き上がって、数歩歩いたところで静止する。その間に布団を敷いてバスタオルも用意して、「どうぞ」と言えば、ころりと千秋ちゃんは寝転がった。 そんなに疲れたのかと申し訳なくなって、でもそれ以上に眠そうな千秋ちゃんが可愛くて。 本棚の上に置いた、ある物を取りに行く。チャリ、と鳴ったそれは、千秋ちゃんと合わさることで初めて意味を持つ。 寝ている千秋ちゃんの片手にそっとその手錠を嵌めて、いつもはもう片方の手へと嵌めるそれを自分の手へと持っていく。 そのままカチャリと嵌めれば、満足感が広がった。でもこれでは不便だと分かっているから、予めスマホが近くにあるのは確認してある。 撫でて、口付けて。目一杯の堪能をしてから、スマホのストラップと化している鍵でそれを外した。もちろん自分の手の方だけで、千秋ちゃんの手にはまだ手錠がぶら下がったまま。 その空いた片方を、何にも付けることなく閉じる。 お揃いのものを2つ揃えておけば良かったかもしれない。片方ずつ嵌めて、鍵を交換して。ずっと手を繋いではいられないから、その代わりに。 僕も疲れていたのか、まだ日付も変わっていないのに眠くなった。千秋ちゃんの横に寝転んで、その背中を抱きしめながら目を瞑る。

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