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第57話
学校に近付くにつれて、僕らに声をかける人は多くなっていく。
そのほとんどが拓海目当てなのだろうけど、もうそれに劣等感を感じる必要はない。
「大丈夫。一緒に入ったくらいで勘付く人なんていないよ」
もう少し2人で歩いていたくて、学校に入るのを躊躇った足。彼の想像する理由は僕の理由とは違ったけれど、優しく数回頭を撫でられれば、すぅっと独占欲が薄まった。
2人で並んで入った教室。次々かけられる「おはよう」に驚きながら、今度こそ拓海と別れた。といっても、教室の中なのだから大した距離ではない。
「千秋くん、おはよー!」
少し拗ねた僕に話しかけたのは美穂。
「今日は拓海くんと一緒だったんだ」
そう言う彼女の言葉に嫌味はなくて、むしろホッとしているようだった。そんな様子に、この子は本当にいい子なんだろうなと思う。
だからって無神経なのは分かっている。でも、事情を知ってる彼女なら少しくらい惚気たって許されるんじゃないかと思って、誰にも言えない自慢を返した。
「……うん。今日からそのつもり」
彼女は一瞬驚いた顔をしたあと、「よかったね」と言ってより笑みを深くした。それがすごく嬉しくて、美穂と談笑を続ける。
「千秋ちゃん?」
そんな時、一通りの挨拶ラッシュが終わったのか、拓海がこちらに近付いてきた。
僕の腕に、彼の手が触れる。
「あっ、拓海くんもおはよう」
彼女の言葉に完璧な外面を持つはずの彼は珍しく無視をして、不機嫌そうな声を出した。
「何楽しそうに話してるの」
真っ直ぐに美穂を射抜く拓海の目。そんな拓海の視線には動じず、彼女は笑う。
「毒っ気抜けた?なんか、威嚇が可愛くなった」
僕が朝から感じていたそれに、彼女もすぐに気付いたみたいで驚いた。言葉は違うけれど、それは僕が感じた変化によく似ていた。
「……意味わかんない」
そう言って拓海が腕を掴む力を強くしたかと思えば、美穂が「またね」と言って自分の席へと戻っていく。
突然ぐいっと引っ張られて何事かと思えば、拓海が小声で耳に囁いた。
「千秋ちゃんこそ、僕以外から補給しようなんて考えないでね」
拓海は本当に約束を守ってくれたみたいで、女の子とのそういう付き合いは本当にゼロになった。告白も全部断っているようで、本命が出来たんじゃないかと噂されているのも耳に入ってきた。
その代わり、拓海も僕に対して少し束縛が強くなったけれど。でも、それすらも嬉しかった。
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