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○第58話○

「もう、僕以外から補給しようとしないで」 そんな言葉で見せてくれた千秋ちゃんの独占欲は、ずっと心の中を占めている。 好意をぶら下げた女の子が近くに来る度に『愛が欲しい』と暴れまわっていた声は、今はもう聞こえない。代わりに思い出すその言葉が、いつだって声をかき消してくれる。 ずっとずっとやめたかった。 でも欲に抗えなくて続いていた癖。この世で一番嫌いな人に、最悪な形で似てしまった癖。 でもこれでもう、僕はそれから解放される。 そう思えば身体が幾分か軽くなった。僕を縛り付ける父親の翳が、千秋ちゃんの言葉でほんの少しだけ溶けたのかもしれない。 どうして急に遊ばなくなったのという質問に何度も答えるのにはうんざりして、女の子の部屋に行くことで見ていたテレビも見えなくなって。その他諸々できていた節約も出来なくなった。 でもそれを冗談めかして言えば、千秋ちゃんは「じゃあ僕の家に来ればいい」と返してくれる。 「拓海が来たいときにいつでも来ていい」と、千秋ちゃんが僕の居場所になってくれると言う。 そう言われて、他の人のところになんて行こうと思うわけがなかった。 誰と過ごしたかったのかなんて本当は最初から決まっていて、それを許して貰えたのが嬉しい。 僕が彼を求めることが許されるのは、もうあの時間、あの場所だけじゃない。 「千秋ちゃんこそ、僕以外から補給しようなんて考えないでね」 浮気ってどこからを言って、嫉妬はどこまでしていいんだろう。どこまで千秋ちゃんを縛って、どれほど好きを伝えていいんだろう。 本当に好きな人と付き合ったことなんてなかったから分からない。千秋ちゃんのことは信じているのに、美穂ちゃんとの軽い会話でさえ苦しくなる。 他に向ける余力なんてないくらい、僕に向けて。 ずっとずっと、僕のことだけを考えていて。 そう思ってつい名前を呼んでしまう僕に、千秋ちゃんはいつも優しく笑ってくれる。

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