9 / 10

第9話 義弟と義兄の過去【1】

 俺と恭二くんがになったのは、半年以上前。  年が明けてすぐのことだった。 ◆◆◆◆◆◆ 「ねえ洋平義兄さん……テレビ全部つまんないね……」 「まあ、正月特番なんて、みんなこんなもんさ」  そして会話が止まり、お互いに無言で興味の無いテレビに目を向けた。  ……気まずい。  何か会話を探そうとしても、恭二くんと会うのは結婚式のとき以来で、なにを話していいかも分からない。  結婚式以前も、顔を合わせても会話はほとんどした覚えもない。  恭子がいるならまだしも、恭子は出かけ、家にいるのは俺と恭二くんのふたりだけ。  というか、同級会に出かけた恭子が『万が一にも浮気をしないため』と、見張り役として恭二くんを呼んだのだ。  そんな心配しなくても、無職の俺には、浮気なんかする甲斐性も、風俗に行く金もない。取り越し苦労にもほどがある……んだけど、断ってあらぬ疑いをかけられては堪ったものじゃない。俺は恭二くんが来るのをOKしたのだ。  結果、リビングでこたつに入り、無言でテレビを見続ける今現在に至る。  しかし……。  ちらっと横目で恭二くんの顔を見る。  見れば見るほど恭子にそっくりだ。女装でもして妹だと紹介されたら、カケラの疑いもなく信じてしまうだろう。  出会った頃、まだ若く優しかった頃の恭子の面影が色濃く残っているその顔を、いつしか俺はじっと見つめていた。 「ん? どうしたの? 僕の顔、なにかついてる?」 「……え? あ、ああ、ごめん。なんでもないよ」  慌てて恭二くんから視線を外しテレビに向ける。  上手く誤魔化せたか……?  男の横顔に見惚れてたなんて知られてた、これから先の親族付き合いで大きな支障になってしまうのは間違いない。 「ねえ義兄さん」 「な、なに?」  意識し過ぎたせいか、変に声が上ずった。  男相手に、なにやってんだよ俺は……。 「せっかくだからお酒飲もうよ。今頃、姉さんも飲んでるんだしさ」 「酒か、いいね。あ、でも、買い置き無かったんだよな……」  買い置きも無ければ、財布の中に1枚の札も入っていない。  無職になってからというもの、恭子から受け取る必要最低限の食費や生活費だけが、俺が自由に使える全財産になってしまったのだ。 「だったら買いに行こ」 「いや、それが……情けないことに持ち合わせが……」 「今日は僕の奢りだよ。お正月におじいちゃんからお年玉もらったから、ちょっとリッチなんだ」 「あ、お年玉……。ごめん、用意してなかった……」 「気にしなくていいよ。親も『大学生になってまでお年玉はやらんぞ』って言ってるし。おじいちゃんが僕に甘いだけだから」  にこっと笑いかけてくれた顔が、昔の恭子と重なって……不覚にも、胸が少しだけドクンと鳴った。 「ついでにツマミも買って来ようよ。さ、行こ」 「あ、うん……」  この顔と話していると、まるで俺も若かりし日に戻ったようで……。  手を引かれるように立ち上がり、こたつの電気もテレビのスイッチもそのままに、ふたりで一緒に、買い物に出かけたのだった。

ともだちにシェアしよう!