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第3話

 藤原は徳川の手を握ったまま、口元へと運ぶ。  そっと口づけられた。 「……っ、な、にを……っ」 「僕の視線に気づいてませんでした? ずっとあなたのこと見てたんです、この一年」 「……え?」  藤原の熱を帯びた眼差しが、真っ向から見つめてくる。逃げ場のなさに、徳川は焦った。 (動揺するな、落ち着け、俺)  必死で自分に言い聞かせるが、震える手を止めるのは難しかった。 「……かわいい。小動物みたいですね、徳川さん」 「か、かわいい? 二十も年上の男に何を言ってるんだ、おまえは」  言われるなら、あの頃がよかった。まだ高校生だったあの頃に。  今頃になって、よく似た顔の男から言われることになるとは。 「からかってるなら、いい加減にしろ」 「からかってません。僕は本気ですよ」  藤原が店員を呼んだ。カクテルをふたつ注文する。 「お酒の弱い徳川さんに合わせます。本当はもっと強いのもイケるんですけどね」 「手、離せ」 「いやです。離したら逃げちゃうかもしれないし」 「逃げないから」 「どうかな。逃げそうな顔してますよ」  藤原に手を離す気はないようだ。徳川が困惑している間に、店員がカクテルを運んで来た。若い男と中年の男が手を繋いでいる光景を見ても、顔色ひとつ変えないのは、やはり店員のプロだからだろうか。 「飲みましょう、徳川さん」  藤原が空いている手でグラスを持った。つられるように徳川も空いている手でグラスを持つ。 「僕たちの未来に乾杯」  それはどういう意味なのだろう。徳川は疑問に思いながら、カクテルを口に含んだ。  藤原が選んだカクテルは美味かった。つい飲み干してしまいそうになる。  藤原はカクテルを半分ほど飲むと、また徳川の手に口づけた。 「……っ」  びくっと徳川が小さく跳ねる。  藤原は唇から舌先を覗かせ、徳川の指を舐めた。 「……おい……っ」  止めようとするが、藤原に止まる気はないようだ。  一本一本丁寧に舐められる。徳川はぞくぞくと小さく震えた。気が遠くなりそうになる。  変な気分だった。高校生の頃に戻ったような錯覚をする。片想いをしていた彼に指を舐められているような気分だった。顔がよく似ているせいだ。藤原は彼じゃない。頭ではわかっているのに、身体が、感覚が、言うことを聞かない。 「……指、舐められるの、好きですか。気持ちいい顔してる」  カッと全身が熱くなった。そんなつもりではなかったのに、そんな顔になっていたなんて。 「……ちが……」  手を奪い返さなければ。そう思ったのに、力が入らない。 「ねえ、徳川さん」  藤原が熱い眼差しで徳川を見つめながら口を開いた。 「ホテルに行きませんか?」  ――何故、誘いを断ることができなかったのだろう。  シャワーの音が耳に響く。後ろから抱きしめてくる腕が、思っていた以上に力強い。何をしているのだろう。自分でも自分がよくわからない。  半ば強引に口づけられる。舌を吸われ、絡め取られた。こんなキスは初めてだ。徳川は高校生のあの日以来、恋をしていない。四十五年も生きてきて、まともに誰かと身体を重ねたことがない。 「慣れてないんですね。かわいい」  向かい合わせになり、胸に吸いつかれた。動揺で震える。  目の前に立つ、若い胸板、腹筋。張りのない自分の身体が恥ずかしい。徳川はただ細いだけで、鍛えあげた筋肉など微塵もない。 「俺じゃなくても、もっと他にいるだろ。若くて、顔のいい奴なんて、いくらでも」 「僕はあなたがいいんですよ、徳川さん。あなたでないとダメなんです」  はっきりと言われ、心が揺らぐ。拒むなんて無理だった。 「……う……」  バスルームに座る藤原の足の間に挟まれ、徳川の足が大きく開かされる。足の間では後ろから伸びた藤原の手が、遠慮を忘れたように性器を握ってきた。根本から先端にかけて丁寧に揉み込まれ、手早く扱かれる。もう片方の手でその下の袋も優しく揉まれ、徳川は頭が変になりそうだった。 「あぁ……あぁっ……もう……っ」 「イキそうですか?」  問われて、徳川は何度も頷く。なのに藤原は急にいじるのをやめた。離した手をさらに下へと運ぶ。窄まりに指先が当たった。徳川が焦る。 「待っ、そこも、なのか?」 「そうですよ。僕が挿れる側ですから」  きっぱりと断言され、徳川は戸惑った。二十も年下の男にリードされるのか?  確かに自分が藤原に挿れるなんて、とても考えられなかった。ならば当然こうなるわけだが、自分が藤原から挿れられるのも考えにくい。 「大丈夫です。僕を信じてください。気持ちよくしてあげますから」  耳元で囁かれる。徳川はそっと息をつき、藤原の胸板に背中を預けた。  流されている自覚はあるが、ここまで来てしまった以上、もう後戻りはできない。  窄まりに指先が当たり、ゆっくりと進入してきた。かすかに声が出たが、シャワーの湯の音でかき消される。第一関節まで入って、ゆっくりと引き抜かれた。また入って来る。  呼吸が乱れた。しばらく入り口ばかり、もてあそぶようにいじられる。やがて第二関節まで入って来た。また抜かれる。再び入って来る。 「……あぁ……」  徳川は身をよじらせた。頭も頬も煮えたように熱い。

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