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第19話

「**町まで」  月野がタクシーの運転手に、ひなたのアパートの場所を言う。  ……月野さんの家へ行きたいな……。  どれだけ酔っ払っていても、その言葉だけは言えない。  だって月野さんが帰る場所には彼の奥さんもいるから……。  そんなふうに考えた途端、今までの楽しい気持ちが一気に冷め、なんだか今度は悲しくなってきた。 「ひなた? もう眠っていいから」  月野はそう言って、ひなたの頭を自分の肩にもたせかけてくれた。  ……どうしてそんなに優しいの? 月野さん……。  涙が溢れてきそうになったひなたは、月野にもたれたまま、そっと目を閉じた。     タクシーがひなたのアパートへ着いた。  ひなたは月野にもたれかかって、すっかり熟睡している。  月野は運転手にお金を払うと、ひなたを抱いてタクシーを降りた。  ひなたのアパートはかなり築が古く、はっきり言ってボロボロの建物だ。このボロアパートの二階の角部屋がひなたの部屋である。  ところどころヒビが入った壁が年季を感じさせる階段を、ひなたを姫抱きにしながら昇る。  それにしても、と月野はひなたの綺麗な顔を見つめた。  本当に切なくなるくらい軽いな、こいつは。  以前、ひなたがまだモデルの仕事をしていたとき、倒れたことがあった。そのときも月野がこうして抱きかかえて、自分の車まで運んだのだが、あまりの軽さにびっくりしたのを憶えている。

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