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第21話
月野が帰ろうと身を起こすと、スーツの上着の裾が引っ張られた。
「ひなた?」
振り返ると、ひなたが月野のスーツの裾を握りしめていた。
「おい、ひなた。帰れないじゃないか。ひなた?」
声をかけても、ひなたはスーツを握りしめたまま安らかな寝息を立てている。
「しかたないな……」
月野は苦笑したまま吐息を漏らすと、その場に座った。
今夜はここで泊らせてもらうことにしようか……。
月野はひなたの寝顔を見つめる。
本当に綺麗な顔立ちをしていると思う。ただ綺麗なだけじゃなくって、人目を惹きつけてやまないオーラがある。
『moon』のオーディションで初めて見たときから、絶対にこいつは磨けば一流になると思った。
七年間スカウトの仕事をしてきたが、ここまで月野の心を捕らえた人材はいない。
それでもこの世界で成功するためには、根性がなければならないが、ひなたはそれをも備えていた。
負けず嫌いでがんばり屋で……。
月野はひなたの髪にそっと触れた。サラサラした感触が心地いい。
「明日からがんばろうな、ひなた」
朝、目覚めたとき、月野のドアップが飛び込んできて、ひなたは心臓が止まるかと思った。
えっ!? 月野さん!? なんで!?
見れば、月野はひなたのベッドの傍に座り、腕を枕代わりにして眠っている。
ひなたは必死に昨夜のことを思い出そうとした。
そう、いたずら心でワインを飲んで、酔っ払って、月野に呆れられ、タクシーへ乗ったところ辺りまでは憶えている。
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