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第26話
月野は事務所での仕事を終えると、別室で待っていたひなたのところへ来た。
「じゃ、行こうか」
「は、はいっ」
「なに緊張してるんだよ? オレの家に行くぐらいで」
月野は笑うが、ひなたにしてみれば緊張しないでいれるわけがない。
月野の車に乗り込み、しばらく夜の街を走らせる。
と、月野が車を道路の端に止めて、
「ちょっと待ってて。ひなた」
車から降りると、洋菓子店へ入っていった。
後部座席の窓から彼の後ろ姿を見つめつつ、ひなたはまた少し落ち込んだ。
奥さんにお土産買っていくのかな。クリスマス・イブだもんね。
しばらくすると、月野はクリスマスケーキが入っていると思われる袋を持って戻ってきた。
運転席に座ると、後部座席のひなたにそのケーキを渡してくる。
「はい、これ」
「……あ、はい」
やっぱり奥さんへのお土産のクリスマスケーキだ。
運転している月野が持てないのはしかたないとしても、ひなたに奥さんのためのクリスマスケーキを持たせる彼が、ちょっぴり腹立たしい。
いやいやいや。だいたいクリスマス・イブに、人の家庭に遊びに行きたいって言ったオレのほうが常識ないんだよな。
オレみたいなお邪魔虫が二人きりのイブの夜を……って、ちょっと待てよ。
もしかして、月野さんって子供いる?
そうだよ、いたってなんの不思議もない。そして、だとしたら、オレが月野さんのマンションへ行きたいって言ったとき、あっさりオーケイしてくれたのも分からないでもない。
月野さん、子供をオレに見せたいんじゃ……。
「かわいいだろ? ひなた。オレの子」とか言われたら、オレ、再起不能になっちゃいそうだ。
ああ……、やっぱりやめよう。どっちにしても自分が傷つくだけのお願いなんて、なんでしてしまったんだろう……?
ひなたは、月野のマンションへ行くのはやめにして、自分のアパートへ送って欲しいって言おうと決めた。
「月野さん――」
「ひなた、お疲れ。着いたよ」
時すでに遅し。
月野のマンションへ着いてしまった。
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