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第73話
「ごめんなさい、まだ持っていた合鍵を使って……」
「……ううん」
何しに来たんだ。
俺を置いて、新しい家族と幸せに暮らしていた母さんがいる。
何年も会っていないのに不思議と分かる懐かしさ。
少し皺が増えて、肌も白くなった。髪の毛もあの頃より色が薄くなっただろうか。
でも、変わらない。優しい笑みも、声も。
辺りを見回すと、ゴミが片付いていた。床も綺麗に拭かれていて殴られる前と同じようだった。
「この家、売るんでしょう?最後に見ておこうと思って来たのだけれどあの人、片付けも出来ないのね……凄く驚いた」
「………」
「一人だけ逃げて、ごめんなさい。
本当は貴方も連れていこうとしたの、でも………あの人の血が流れてる貴方の成長を近くで見るのが、怖くなったの…………。
息子にぶたれるかもしれない、蹴られるかもしれない。
そう考えてるうちに、貴方を置いていってしまった」
語る母の肩は、小刻みに震えていた。
ずっと、俺が嫌いだから見捨てたんだと思ってた。
本当の心を言ってもらえて、良かった。
「……母さん、俺は母さんの子で良かったよ。
嬉しくはないだろうけど白い肌でいられるし、頭だって数学とかよく満点取れる。
父さんに殴られるのは嫌だったけど、おかげで好きな人と関わる事も出来た」
「綺月……」
「ありがとう、俺を産んでくれて。
新しい家族で、幸せになってね」
「……っ」
俺を抱きしめた母さんの身体は、温かった。
懐かしい匂いと懐かしい温もりに顔をうずめる。
会わない方がいいと思ってたけど、最後に会えてよかったのかもしれない。
さよなら、母さん。
どうかお元気で。
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