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第121話*
「笑うなよ。落としたらペナルティだからな」
遥の胸の上に、ゆっくりスターフルーツを近づけていく。遥は稜而の指先を見ながら、一度は笑いを我慢したが、堪えきれずにまた胸を震わせた。稜而も一緒になって笑いながら、遥をたしなめる。
「ほら、笑うなってば。落としたら『稜而、愛してる』って一〇〇万回言わせるぞ」
「稜而、愛してるー!」
遥は足をばたつかせて笑い、稜而は苦笑しながら、左右の胸の色づきの上に一つずつスターフルーツを置いた。
「きゃー!」
「暴れるなって。胸骨柄 の上はイチゴ、胸骨体 の上はパイナップル、剣状突起 の上はキウイ。腹直筋 の上はメロンにしよう……」
胸から腹へ正中にフルーツを並べて下腹部まで辿りつくと、スライスしたバナナをつまんで遥に見せる。
「仕上げは、バナナ」
ぺたりとバナナを載せられて、遥は頭を左右に振り、手足を揺すって笑った。
「バナナにバナナーっ! 超、超、超、超、えっちっちー!」
稜而は一緒に笑いながら、果汁の表面張力で遥の身体にとどまっているフルーツへ唇を寄せた。
腹から胸にかけて唇でフルーツをついばんで、胸の色づきを隠すように載せられたスターフルーツを食べる。咀嚼して飲み込むと、まだ果汁が残っている遥の胸の粒を口に含んだ。
「あんっ! くすぐったい……っ、ん……っ、ああ……」
稜而の舌先で硬く育てられ、なぶられて、遥は稜而の髪に手を埋めた。
「はっ、ああん。あっ、ああっ、や、やあん。ダメなのっ」
「気持ちいいからダメは聞かない」
遥の言葉を払いのけると、ぷっくりと赤く膨れた胸の粒をまた口に含み、遥は疼くような快楽に観念して身を投じた。
「ああ、ん……。稜而……、稜而」
まるで血液が炭酸水になったような快感が全身を巡り、身体の中心に熱が生まれ、蓄積されていく。その熱は逃げ場がなく、稜而に与えられる快感は送り込まれ続けて、次第に内圧が高まっていく。
「はあん、稜而。りょうじ……っ、ンっ、はあっ、はあっ、いく。いく」
切羽詰まったような遥の声に、稜而は口に含んでいないほうの胸の粒をつまみ、くりくりとねじって追い打ちを掛けた。
「ああっ、稜而っ、稜而っ! あああああっ!」
溜め込んでいた快感が一気に発散されて、遥は背中を浮かせ、びくりと身体を波打たせた。
遥の身体が震え、硬直して、弛緩する。稜而はその身体をしっかり抱いて、一部始終を見届けてから、遥の耳に口を寄せた。
「バナナも食べていい?」
「ふふっ、召し上がれなのーん」
稜而はさらに遥の耳へぴったりと口をつけて囁いた。
「ミルクも掛けて」
「きゃー、えっちっちー!」
遥はケラケラ笑って頷いた。
稜而はバナナのスライスを舌先で剥がしとって食べ、バナナが載っていた場所に舌を押し当て、丁寧に何度も舐めた。瞬く間に質量が増していく。
「ん……っ、稜而……。稜而、稜而」
遥は目を閉じたまま、指先をシーツの上にさまよわせた。稜而はすぐに気づいて手を伸ばし、遥の指に自分の指を絡める。
稜而が刺激を与えるたび、遥は稜而の手をきゅっ、きゅっと握った。
遥の昂りを口に含み、舌の上を滑らせると、早くもさらさらとした液体が稜而の口の中へこぼれ始める。つないでいないほうの手で根元を握り込み、先端にぐるぐると舌を絡めて、切ない声を上げている遥を追い込んだ。
「稜而……」
悩ましげなため息が、悲鳴のような呼吸に変わっていく。
「ああっ、もう……」
「いいよ、おいで」
口を離して言葉で誘い、再び口に含んで刺激すると、遥がつないでいる手を強く握った。
「いきそうっ! あ、ああああああっ! 稜而っ!」
何度も腰を跳ね上げながら、稜而の口内に白濁を放った。
遥は稜而の腕の中でゆっくりと目を開けた。頬に触れている稜而の胸から、自分とは違うリズムの心音を聞き、一度開いた目をまたゆっくり閉じる。
「ねぇ稜而。愛してるのん……」
「俺も、遥のことを愛してる」
直接伝わってくる声の響きに、遥の顔には自然と笑みが浮かんだ。
「俺、恋愛って両思いだと判明した瞬間がピークで、あとは見慣れて飽きてきて、別れるのも面倒くさいような惰性で関係が続いていくんだって思っていたんだけど」
白くて広いバスルーム、黄色いアヒルちゃんが浮かび、もこもこ泡立つ湯の中で、脚の間に遥を座らせ、背骨が浮く痩せた背中を見ながら、稜而は考え考えしゃべった。
「だけど?」
遥は水面に浮かぶ泡を手に乗せ、ふうっと吹き飛ばしながら続きを促した。
「でも、そうじゃない二人もいるのかも」
遥は頷きながら、黄色いアヒルちゃんを泡の中からつかみ出し、空中を右へ左へ8の字を描くように動かす。
「カップルの関係性は多様だと思うわーん。♪カップルのかずだけ、あいはあるのよー、せかいじゅうにさく、はなのーようにー。みるものだけがー、すべてじゃないーわ、ふたりはいつも、わかーらーなーいのー♪ アヒルちゃん号、びゅーん!」
上体をねじって稜而のほうへ振り返り、アヒルちゃんのくちばしを稜而の頬に触れさせた。稜而はその手首を掴み、真面目な顔で遥を見た。
「突然だけど、ちょっとロマンチックなことを言ってもいい?」
「どうぞなのん」
「出会った日から、ずっと好きになっていく。愛しさが深まり続けている感じがするんだ。愛してる」
遥は若草色の瞳で稜而の目をしっかり見つめ返し、それからバラのつぼみが開くように笑った。
「ロマンチックで、とっても素敵だわ。遥ちゃんも、いつもドキドキなのん。稜而の姿を見るだけで幸せな気持ち。なのに、同じベッドに寝て、呼吸も心音も感じられて、死が分かつまで一緒にいようって言いあえて、お話ししたり、構ってもらえて、セックスもできて、とっても嬉しいのん。幸せだから、これからも幸せでいられるように、これからもいろんなお勉強を頑張るわ」
稜而は左右の口角を上げたまま遥の唇にキスをすると、遥に前を向かせ、後ろから抱き締めた。
着水したアヒルちゃんがぷかぷか浮かぶ様子を見ながら、遥は泡のついた手を伸ばして、肩の上にある稜而の頬を撫でる。
「ねえ、なんでいつも後ろから抱っこなのん?」
「ん? 遥のお尻が当たって気持ちいいから」
「あーん、尻フェチなのん」
「いっぱいイタズラもできるし」
実践するように左右の胸の粒を同時につままれ、遥は身体を震わせる。
「あっ! やーんっ! ダメ、ダメだってば、変になっちゃうのーん」
「なれば? いっていいよ、全部見ていてあげるから」
「ダメ! そんなにできないのー」
遥がヘアゴムで雑にまとめ上げているミルクティ色の髪を振ると、稜而は素直にいたずらを止め、また遥を抱き締めて、細い肩に顎を乗せた。
「それから……」
「それから?」
「これはとても真面目な気持ちで言うんだけど、俺は、好奇心旺盛な遥の視界を遮りたくない。後ろから遥の視線を一緒に追いたいんだ。遥の目の前には、とても色鮮やかで優しい世界が広がってる」
「そうかしらーん? 違う世界を見たことがないから、わからないのん」
首を傾げる遥の身体を、稜而はぎゅっと抱き締めた。
「聞いて。愛してるんだ、遥のこと。同じ景色を見ていたい。ねぇ、遥。死ぬまでのあいだに、『稜而、愛してる』って一〇〇万回言って」
「あーん、そんなの一生なんて時間はいらないわ。お口と心の両方で言ったら、今すぐにだって、一〇〇万回くらい簡単に言えちゃうのん。一〇〇万回なんて一瞬よ。だから回数なんか数えないで、その代わり毎日毎日言ってあげるわ。稜而、愛してる」
稜而は目を閉じて、強く強く遥を抱き締めた。
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