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第123話
「はあっ。遥ちゃんには困ったものよなのん。いっぱいあーんってなっちゃったわ。超、超、えっちっちーな子なのよー」
稜而の胸にくったりともたれながら、遥は呟く。
「えっちっちーな遥も、俺は大好き。もっといかせてあげたいな」
稜而は目を弓形に細めると、再びスイッチを押し、ダイヤルを動かした。
「ひゃああああっ!」
遥は再び稜而にしがみつき、稜而はリモコンを手に、遥を翻弄し、絶頂させた。
観覧車を降りる頃には、遥の足許はふわふわと覚束なくなっていて、稜而がしゃがんで向けた背中に倒れ込み、そのまま背負ってもらって夜の公園を進む。
「遥ちゃん、やばいわ。すっごい興奮しちゃったのん……」
稜而の耳元で、遥はため息交じりに呟いた。
「楽しめたなら、よかった。デートに誘った甲斐がある」
稜而は爽やかな笑顔で歩き続ける。
「でもでも遥ちゃんばっかり、あーんってなっちゃって、稜而は全然気持ちよくなかったはずよ」
「たくさん抱きついてもらえたし、可愛い姿もたくさん見れて、楽しかったよ」
遥は稜而の耳に甘く囁いた。
「今度は稜而をあーん♡ ってさせるのよ」
「楽しみにしてる。……いいな、遥と一緒だと、楽しみなことがたくさんある」
「そんなにたくさんあるかしら? 月曜日のお弁当は、お土産に買って帰るシュウマイを詰めるだけよ」
「遥が手渡してくれる弁当なら、何でも楽しみ。でもそういう直近のことだけではなくて、いつか一緒に病院で働けるかも知れないとか、老後に一緒に日向ぼっこをして過ごせるかも知れないとか、そういう楽しみ。死ぬまでの毎日全部が楽しみに思えて。……うん、俺は遥と将来を誓いあってよかった」
前を見て笑う稜而の頬に、遥は心を込めてキスをした。
「あーん、ドキドキするのん……」
遥は大学の正面玄関に設置された掲示板の前で、受験票を握って、合格発表を待っていた。
「遥ちゃん、深呼吸するのよ。ひっひっふー、ひっひっふー」
深呼吸を繰り返していると、スーツ姿の男性が現れて、午前一〇時きっかりに一枚の白い紙を掲示板へ貼りだした。
「若干名って、少ないのん……」
大きな文字で書かれた受験番号は、たった二人。
「1111番、あったのーん!」
遥は口の中で小さく叫び、携帯のカメラで受験票と一緒に証拠写真を撮って、真っ先に稜而へ送った。
数分もしないうちに、『おめでとう。今までの努力が実ってよかった。愛してる』と返信が届く。
「今日の午前は外来診察なのに、合間にお返事をくれたんだわ。愛してるのん」
携帯をきゅっと胸に抱き締めてから、入学手続きの書類を受け取った。
「書ける書類はこの場で書いて提出してよくて、あとはお金を振り込んで、それから……」
建物の隅でグレーの大きな封筒の中を覗いていると、肩を叩かれた。
振り返るとハシバミ色の瞳が細められていた。
「兄嫁合格弁当のシガツツイタチと書いてワタヌキくん!」
「合格したんだね、おめでとう」
「ありがとうなのん。四月一日 くんは?」
「合格したよ。どうぞよろしく」
「わー、合格おめでとう! よろしくなのーん」
遥は若草色の目を細め、ドレンチェリーのように真っ赤な唇を左右に引き、四月一日が笑顔を返して口を開く。
「遥、駅まで一緒に……」
しかし遥は握手していた手を離し、「ごきげんよう!」と言うと、四月一日の横をすり抜けて走り出した。
「如月ーっ! 受かったーっ!」
立ち止まり、振り返った如月の背中にぴょんっと飛びつき、二人はそのまま研究室へ向かうエレベーターに乗り込んだ。
「特待生はどうだった?」
如月の問いに、遥はするする背中を降りて、封筒の中をのぞき込む。
「どこを見たらわかるのん?」
「合格通知に、特待生の選考結果も書いてあるだろう」
「ふむ。……おおおおお、『入学後、第一種特待奨学生として採用致します』って書いてあるのーーーん! 入学金と授業料免除おおおおお! 今日のお昼は、如月のおごりでくるくる寿司なのよーーー!!!」
「昼休み中に、わざわざ駅ビルと大学を往復しろってか」
「今日の如月は三限空いてるのん! 昼休みプラス九〇分あるわよー!」
「なんで知ってる」
「研究室のデスクマットの下に、時間割が貼ってあるのん」
「目敏い奴」
「二限を聴講しながら待っててあげるから、行きましょうなのよー」
「聴くからには、レポート出せよ」
「アイアイサー! 三日以内にメールで送るのん」
「ふざけるな、学部生を対象にした一般講義のレポートくらい、その場で提出しろ。寿司食いながら、レポートをもとに口頭試問してやる」
「もー。寿司食いながら発生学の口頭試問なんて、せっかくのお寿司が精液の味になっちゃうのよー」
「好きな味だろ」
「稜而のだけはね。愛と性欲と勢いがなきゃ飲めないわー。♪はるかのー、あついてでー、りょうじー、しごくのよー! はるかーのてーだけーでー、いってーしまーうーのー♪」
研究室の机の上に座ると、遥は携帯を取り出した。
「お父さんとー、ママンとー、じいじとー、ばあばとー、ミコ叔母さんとー、大地さんとー。おじいちゃんとレオはフランス語でー。クレモンはひらがなでー」
合格発表の記念写真を添付し、リストアップした人に宛てて、それぞれ心を込めてメッセージを送った。
「はぁ。お父さんは、本当にいい人なのよ。息子の嫁が息子だなんて面倒を背負わせちゃって、本当に申し訳ないわー」
返ってきたメッセージを読み、目尻の涙を親指の腹で拭う。
「ああっ、クレモン! 見て、如月。クレモンがひらがなで画用紙にメッセージを書いてくれたわ。『ごうかくおめでとう』って。『おいしゃさんになってね!』なんて書かれたら、なるしかないのん」
クレモンが画用紙を持って笑う姿を写した写真が送られてきて、遥はぐずぐずと鼻をすする。
「あー! ミコ叔母さんんんんん、ありがとうなのよー! 今日のお稽古もちゃんと行きますのーん!!!」
遥は次々に届くメッセージに涙ぐんでいたが、じいじからの返信を見るなり、携帯を握り締め、膝を抱えた。
「どうした」
如月が見た画面には、ベッドの上に寝て酸素マスクを口にあて、男の子の金色の巻き髪を撫でる男性と、ベッドの上に座って、男性の胸におもちゃの聴診器をあて、真っ直ぐな目をして唇を引き結ぶ、天使のような男の子の姿が写っていた。
如月はまだ火をつけていないタバコを口の端に引っ掛けたまま、遥のミルクティ色の巻き髪をぽんぽんと撫でた。
「こっちも気合い入れて育ててやるから、お前もしっかり育てよ」
遥は膝のあいだに顔を埋めたまま、しっかりと頷いた。
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