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第132話

「二次会はカラオケ行きますのーん。遥ちゃんは、どーぞっどーぞどーぞってしないで、一番最初に歌っちゃいますのよー! ♪いざかや、かいだんおーりるー、にじかいはっ、カラオケさー! たのしいうた、はるかがきっとー、うたってくれると、しんじててねー! がくせいだったと、いつのひかー、おもうときが、くるのさー♪」 全員で店を出て、譲り合いながらビルの階段を下りていたとき、先に歩道へ出た如月が遥を見上げた。 「カボチャの馬車が迎えに来てるぞ」 「びびでぃばびでぃぶー?」 一番最後にとんとんと階段を下りていくと、クラスメイトたちの視線を全部集めた先に、稜而が愛車を背に立っていた。 「あーん、キャベツぅぅぅぅぅ!!!」 遥が飛びつくのを受け止め、左右の頬を交互に触れさせてから、遥をアスファルトの上に下ろして、両肩を掴んで回れ右させると、自分と一緒にクラスメイトへお辞儀させる。 「遥がお世話になります。明日からもよろしくお願いします」 「わーい、お願いしますですのーん!」 両手を膝の上で重ねてから頭を上げ、遥は稜而へ手を振った。 「親睦を深めるために、二次会のカラオケに行ってきますのーん!」  稜而はただ微笑みを浮かべていたが、四月一日が遥の腕を掴み、稜而の前に引き戻した。 「今日はもうだいぶ酔ってるから、稜而さんと一緒に帰ったほうがいい」 「酔ってないのーん!」 「酔っ払いの酔ってないは、アテにならない。トイレから出てきたとき、顔真っ赤でふらふらだったろ。じゃあな」 助手席のドアを開け、遥を強引に座らせて、ドアを閉めてしまった。 「あーん、如月ぃ!」  遥はウィンドウを下げ、傍観していた如月を巻き込んだが、如月は冷ややかな一瞥をくれる。 「俺は今夜は四月一日を潰す。お前はさっさと帰れ。四月一日は、もう一軒行くぞ」 如月はそう言うと、四月一日の頭へ、軽やかにヘッドロックを決めた。 「四月一日くん、明日からも遥をよろしく」  稜而は爽やかな笑顔を炸裂させると、如月には小さく頷くだけの挨拶をし、遠巻きに様子を見ていたクラスメイトたちに改めて人当たりのいい会釈をして、運転席に乗り込んだ。 「遥はおウチへ帰ろうね」 「遥ちゃんは、たいそうご不満なんだわー」 「はいはい」 稜而はウィンカーを右に出すと、ハンドルを切りながら車の流れを目視して、なめらかにスポーツカーを発進させた。 「皆さん、ごきげんようなのよー!」  遥は助手席の窓からクラスメイトたちに手を振った。  車はしばらく順調に走り、交差点をいくつも過ぎてから、ようやく赤信号で停止した。 「そういえば遥ちゃんってば、お店の場所まで稜而に話したかしらん? ギリギリになって店を決めたから、スケジュールアプリで共有したりは、してなかったはずなのん」 「聞いてないよ。だからさっきGPS検索しただろう? 忘れた?」 遥はウェスタンシャツの左胸ポケットを押さえ、それから両手で自分の頬をパチンと挟んだ。 「えっちっちー!」  稜而は横目で遥を見て、ふっと前髪を吹き上げ笑うと、信号に従って車を発進させた。  遥は車窓を流れる光の帯をぼんやりと見ていたが、ふと目の焦点を合わせ、車を運転する稜而の横顔を見た。 「どうしたの?」 「ふうむ……。遥ちゃんは、えっちっちーのときに写真を撮って、その写真を見てあーんってなって、顔が赤くなって、だるくなって、酔っ払ってるって勘違いされたわー。そして稜而はお迎えに来てたのん……」 稜而は何も言わず、黙って車を走らせていた。 「……全部、稜而の策略だわ」 「策略なんて心外だな。遥が困ってるって聞いて、『いい考え』を思いついただけだ」 遥が黙って稜而の横顔を見続けると、稜而はその視線を感じ取り、ちらりと遥を見て前髪を吹き上げた。 「俺は、“酔わされた”遥を、店の前に迎えに行っただけだよ」 赤信号でサイドブレーキを引き、遥に向かって爽やかな笑顔を炸裂させて、遥は糸切り歯をむき出しにした。 「むきーっ! 誰に“酔わされた”と思ってるのんっ! 二次会のカラオケ、行きたかったのーんっ! お酒だってもっと飲みたかったのよーっ!」 「今日はダメ。四月一日くんが諦めたみたいだから、次からは二次会も三次会も楽しむといいよ」 「遥ちゃん、四月一日が諦めた話なんて、してないのん」 「簡単なことだよ。四月一日くんは素直に俺に遥を引き渡したし、如月は四月一日くんを飲みに連れて行った。如月は面倒見がいいから、四月一日くんの失恋を放っておけなかったんだと思うよ」 「如月は、なんでそんなこと知ってるのん?」 「むしろそんなことも気づけないような奴だったら、俺は遥を預けない」 「遥ちゃん、愛されてるんだわー……」 「今頃気づいたの? もう手遅れだよ」 稜而はさらりと前髪を揺らし、少女漫画の王子様のように爽やかな笑顔を炸裂させた。

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