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第145話*

「♪はっるかーのーまち、みおろしてっ。にゅうどうぐもが、そーびーえーたつ。はるかはーたいいんしたのよっ、もうすーぐーおーうーち、ただいまっ♪」 まだ仕事をしている稜而を病院に残して、遥はキャリーケースを引っ張りながら、一人でゆっくり坂を上り、ジョンの家の角を曲がる。  ロートアイアンの門を抜け、コデマリが植わるアプローチを抜け、ステンドグラスを嵌めたドアを開けて、遥は両手を上にあげた。 「ただいま帰りましたのーん! やったー!」 遥は両手を振り上げてから、段差に座ってスポーツサンダルを脱ぐ。 「いでででででで。ベッドほどの大きな段差はないから、ちょっと皮膚が引きつれますのん」 サンダルを脱いだ足を、片方ずつ落ち着いて床の上に持ち上げる。 「でもでも遥ちゃんも慣れたもんだわ。自分の足がどうしたら痛くないか、わかってますのん!」 ふふんと顎を上げていたが、周囲を見回すと大きな溜め息をついた。 「あらーん……。遥ちゃん、ここからどうしようかしらん? 病院みたいな懇切丁寧至れり尽くせりな手すりはないのん。立ち上がるために足首を鋭角に曲げて体重を掛けるのは怖いのよ。……あーん、縫い目がブチッてなるのは嫌なのよー! 嫌なのよったら、嫌なのよー!」  遥は玄関ホール全体を見渡すと、階段を目指して腹這いになり、匍匐前進を始めた。 「広い家ってっ、移動距離がっ、長いのんっ! 階段もでかいからっ、近くにあるようにっ、見えるけどっ、実際はっ、遠いのんっ! ドリンクミーを飲んじゃったアリスちゃんの気分よー! んがーっ! んががーっ!」 「おかえりなさい……?」  通りかかったのは家政婦のむにさんで、遥はすかさず、むにさんの足首を掴んだ。 「あーん! むにさん! このままじゃ、お腹がすり減っちゃうのん! 助けてくださいなのーん!!!」 差し伸べてくれたむにさんの細い手にすがりつき、肩にも掴まらせてもらって、どうにか立ち上がった遥は、ようやく二階へ辿り着いた。 「二階まで、よく頑張ったのん。汗だくよー……」 遥は足の傷の周りを丁寧に拭くと、防水フィルムで覆い、シャワーを浴びた。 「♪シャワーさえ、じゆうーにあびれーなかーった!  ああ、あなたのしじを、しんじていーる、せいしきーをした、よるがーすぎてー、いま、こーころかーらいえーる、シャワーをあびて、よかったね、きっと、はるかー♪」 使い慣れたシャンプーとトリートメントとボディソープで全身をくまなく洗い、全裸のまま寝室のベッドへ倒れ込む。 「あーん、解放感っ! 遥ちゃんと遥ちゃんのおちんちんは自由だーっ! ぷるぷるっ! ぷるぷるっ! ひゃっほーい!」 ベッドの上を転がり回り、そよ風のようなクーラーの風で全身を乾かすと、そのままシーツのあいだに潜り込んで目を閉じた。 「おウチのベッドが一番、気持ちがいいのん……」  すうっと柔らかなティッシュペーパーが引き抜かれるように、眠りの世界へ引き込まれて、目を開けたときには部屋の中は薄暗く、ドアが開く音がして、バスローブ姿の稜而がいた。 「あーん、キャベツぅ!」 遥がベッドの中から両手を伸ばすと、稜而は髪を拭きながら、遥の傍らに座った。 「ごめん、起こしちゃった?」 「ううん、勝手に目が覚めたのん。抱っこして」 伸ばした両腕の中へ稜而は倒れ込んできて、遥はしっかり抱き締めた。 「稜而、あったかい……。ね、脱いで」 バスローブのベルトを引っ張って催促すると、すぐに稜而は脱ぎ落とし、引き締まった裸体で遥の隣へ滑り込んだ。 「遥、おかえり」 「ただいまなのん」 遥は目を閉じ、稜而の肩に頬をすりつける。 「このベッドに一人で寝るのは寂しかった。帰って来てくれて嬉しい」 「あーん、キャベツぅ! 遥ちゃんは、稜而がずっとお見舞いに来てくれていたから、寂しくなかったのん。でもでも、やっぱりおウチのベッドで、稜而と過ごすのが、一番ほっとして、気持ちがいいわ!」 遥の頭を撫で、稜而の唇が、額に、まぶたに、頬に、ゆっくり触れる。  柔らかな唇の感触に、遥はふわりと笑んだ。  唇にも唇が触れて、はじめは微笑みを交わしつつ、軽く触れ合わせるキスを楽しんでいたが、次第に笑顔は消えて、唇を押しつけあう時間が長くなり、顔の角度を変えて口を開け、互いの口内へ舌を滑り込ませた。 「ん……」 ぐるぐると追い掛けあううちに、遥の舌は稜而の前歯で甘く噛まれ、ゼリーを食べるように吸われて、ぬるぬると舌を這わされた。 「んんっ」 遥は余裕がなくなって、稜而の腰に脚を絡め、首に両腕を絡めてしがみつく。  稜而はしっかり抱きとめ、さらに脚も絡めとって遥の身体を保定すると、遥の耳に舌を這わせた。 「遥、愛してる。……耳も弱いよね」 ひくひく震える身体を押さえ込み、奥まで舌先で探る。 「ん……んっ」  くすぐったくて逃げたいのを押さえ込まれ、さらに刺激を追加されるうちに、ふと壁を越える瞬間が訪れる。 「はあん……。ああっ」 遥の声が艶めかしく、表情が切なげになった。 「そうこなくちゃ」  稜而は片頬を上げ、さらに遥の耳をしゃぶった。稜而の舌が動く音が耳に響き、探られるくすぐったさが快感に変わって身体へ伝わる。 「ん、稜而……」  遥の反応を、頭を撫でて褒めながら、稜而の舌はゆっくりと首筋を這った。

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