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第150話
遥がシーツの海に気怠い身体を投げ出していると、首の下に稜而の腕が差し込まれた。遥は軽く頭を上げ、稜而の腕を辿って肩に頭を乗せる。
稜而は遥の顎の下を指先でくすぐって、遥はさらに顎を上げながら笑った。遥が笑うと、稜而は表情を緩めて一緒に笑う。
「遥、気持ちよくなれた?」
質問されて、遥は素直に頷いた。
「いっぱい気持ちよかったのん。稜而もちゃんと、あーんってなった?」
間近にある稜而のすっきりと整った顔を見上げると、稜而は遥と合わせた目を弓形に細め、うんうんと頷いた。
「とてもいい時間だった。ありがとう」
遥は嬉しそうに目を細め、伸び上がって唇を突き出し、稜而は遥の唇に自分の唇をくっつけて、離すときに軽い音を立てる。
「遥ちゃんも、稜而にありがとうなのよー。稜而も遥ちゃんも満足で、いい夜なのん。稜而、だーい好き。愛してるのんっ」
遥が抱きつくと、稜而もしっかり抱き締め返した。
「俺も。遥のこと愛してる。大好きだ」
ミルクティ色の髪に顔を埋め、稜而は深呼吸をした。そのまま稜而は眠りに落ち、遥も稜而の頬を人差し指で撫でるいたずらをしながら深く眠った。
「たくさん寝たと思ったのに、まだ午後様なのん。午前様にもなってないわー」
遥は稜而の身体をシーツで包み、黒いベビードールの短い裾を引きずって、するするとベッドから下りた。
ベッドサイドの冷蔵庫から取り出したペットボトルの水をごくごく飲むと、床に落ちている稜而のパジャマを拾い上げて、バスルームへ行く。
「あーん、やっぱり! 愛の証がカピカピしてるのん! こういうときは、遥ちゃんも、ランジェリーも、稜而のパジャマも、皆、一緒にシャワーを浴びればいいと思うんだわー!」
遥はそう言うと、黒いベビードールを着たままシャワーの栓をひねって冷たい水を浴びた。
「きゃーっ! 夏の水シャワーは最高なのん! ぞくぞくするわーっ!」
遥は全身に牛乳石鹸を擦りつける。着ているランジェリーにも、手に持っている稜而のパジャマにも同じように牛乳石鹸を擦りつけた。
そして稜而のパジャマを両手で揉んで泡立てると、自分の身体とランジェリーを擦り洗いする。
「♪はるかーもしたーぎも、あわのくに! シャワーのあめがふるなかで、パジャマといっしょにあらいますっ! てれてーるはるーかに、りょうじから、くちづけせよとねだられて、はるかはそっとあげましたっ♪」
あーか、あーお、きいろのー♪ と歌いながら、稜而のパジャマでランジェリーを着た全身を擦っていたら、突然隣から声がした。
「くちづけしてくれるの?」
全裸の稜而が遥の顔をのぞき込んだ。
「あーん、びっくりしたのよー! でもでも、もちろんくちづけしてあげるわーん!」
遥は唇を尖らせて、稜而の唇に自分の唇を押しつけた。
ハンガーに掛かるパジャマと黒のベビードールとTバックショーツから、ぽたぽたと雫が垂れて、バスタブに溜めたラベンダー色の湯に波紋が広がる。遥はその湯の中で稜而の脚の間に座り、頭をぴょこぴょこ揺らしてまた歌を歌った。
「♪バイトみーどりのユニフォーム、あすもリーネンこうかーん! こわいもーのなんてない、はるかはっ、ひとりじゃない♪ 今日は遥ちゃんにお仕事を教えるために、先輩のおばさんは一時間も残業したのん。明日はもっとテキパキして、せめて三〇分の残業にするんだわ!」
「張り切ってるね」
「おーいえー! 『患者さんが清潔かつ快適な環境で過ごすことを目的に、シーツの皺が患者さんの身体を圧迫して褥瘡 の原因にならないよう気をつけながら』、お仕事に邁進しますのーん!」
丸暗記したレクチャーの内容を力強く口にして、拳を振り上げた。
「頼もしい。俺も明日も頑張ろう。……でも、明日は整形外科のリネン交換じゃないんだよね?」
「おーいえー。残念ながら、リネン交換は各病棟とも週一回が原則ですのん。明日の遥ちゃんは、精神科病棟へ行くんだわ。正直に言うと、ちょっとドキドキよ」
「大咲は開放病棟しかないから、症状は軽い人ばかりだよ。もっと制限が必要な患者は、系列の七王子に紹介する。あそこは精神科病棟が独立してるし、土地も広くて、院内で運動や散歩ができるからね」
「医療法人社団渡学会には、いくつ病院があるのん?」
「本拠地は大咲。あとは芽黒 、豊須 、豊須こども、七王子 。父さんが理事長で、四人の弟が四つの総合病院の院長をしてる。豊須こども病院の院長は、豊須ふたば総合病院の院長の息子、つまり俺の従兄が院長」
「おーいえ。稜而のお父さんはミコ叔母さんを入れたら六人きょうだいで、稜而の従兄弟もたくさんいるから、何度かお会いしたくらいじゃ覚えきれないのん。ごめんなさいね」
「必要に応じて少しずつ覚えればいいよ。まずは俺のことを覚えて」
稜而が背後から遥を抱き締め、遥の頬にキスをした。
「あーん! ちゃんと覚えてるのん」
「そう? まだまだ足りないと思うな。まずは毎日キスをして、セックスもして、心でも身体でも、しっかり俺のことを覚えて。それができるようになったら、少しずつ親戚を紹介する」
「そんなことしなくても、稜而の親戚を好きになっちゃったり、しないのよー?」
「リスクは可能な限り減らしておきたい」
「稜而って、用意周到なヤキモチ妬きなのん」
「今頃気づいたの? 今、そんなことに気づいたって、もう手遅れだ」
稜而は遥を抱き締め、左右に揺さぶった。
「離さないぞーっ!」
バスタブの湯が大きく波打つ中で、遥はきゃあきゃあと笑った。
「あーん、もちろん離れないのおおおおおん!」
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