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第152話

「♪いーつまでもー、あきれるーことなくー、かーせいふでー、いてねー! きょうのひはー、さようーなーらー、またーおねがーいしますー♪ らっきょうが届いたら、酢漬けにチャレンジしてみますのん! お砂糖を使わないバージョン試しますわー!」 帰って行くむにさんに、家の前で飛び跳ねながら手を振って、ジョンの家の角を曲がるまで見送っていたら、入れ違いに稜而が帰ってきた。 「おかえりなさいなのーん! こんなに早く帰れる日もあるのねーん!」 遥がハグを求めて両手を広げると、稜而は素直にその腕の中へ入ってきて、遥の左右の頬に音を立てたキスをした。 「急に半日休めることになって、帰って来た。坂の途中でむにさんに会ったよ。今夜はコロッケだって聞いちゃった」 「おーいえー! むにさんに教わって、おソースなしでも食べられる、下味しっかりコロッケを下ごしらえしたのん!」 「ねぇ、そのコロッケって、おやつにも食べれる?」 忠犬のような目で見つめられて、遥は眉を八の字にした。 「できなくはないけど……、おやつに食べたら、お夕飯には残らない気がするのん……」 遥は輝く黒目から視線を逸らした。稜而はその目を追って遥の顔をのぞき込む。 「夕飯は、どこか遥の好きなものを食べに行こうよ」 「くるくる寿司っ!」 話は決まって、遥の手のひらサイズの小判型コロッケは、油をくぐり、キツネ色に揚がるそばから、隣で待ち構える稜而の胃袋へ収まった。 「ああ、美味しい。コロッケって、なんでこんなに美味しいんだろう!」 箸と小皿を持った両手を、スポットライトを浴びたミュージカル俳優のように広げ、高く遠い場所を見て、感に堪えないとばかりに頭を振る。 「ふうむ。渡辺家の人々は、コロッケと特別な縁でもあるのかしらん? 浜でいじめられていたコロッケを助けたとか、小さいつづらにコロッケが入っていたとか、犬の言う通りに土を掘ってコロッケが出てきたとか、助けた鶴が『決して見てはいけませんよ』ってコロッケを作ったとか」 遥は、指先と唇を油で光らせながら満面の笑みを浮かべている稜而を見つつ、油の匂いがついた毛先を一束、鼻の下にあててもぐもぐした。 「そんなぁ! 閉店なんて、聞いてないのよーっ!」 日が暮れてから出かけた、遥が大好きな赤いゼリーが回ってくる回転寿司店は、お陰様をもちまして閉店、店主謹白と書いてあった。 「大咲って、案外回転寿司の店はないんだよな。品山駅か、芽黒駅まで移動しないと」 「うーむ。どっちの店もメニューリニューアルで、わらび餅や大学いもが回ってくるかわりに、赤いゼリーは回ってこなくなったのん。この店が最後の砦だったのよー!」  ミルクティ色の髪を振る遥の姿に、稜而は腕組みをして、うんうんと頷いた。 「なるほど。逆に言うとそういう時流に乗れないところが、閉店の遠因だったかも」  Vネックのサマーセーターの袖口を握り締めて、遥はさらに髪を振った。 「あーん! 食べたいのんっ! あの安っぽい味は、おうちで食べても嬉しくないのんっ! みんながお寿司を食べるわくわくと一緒に真っ赤に光ってぷるぷるしてるから美味しいのにっ! どいつもこいつも情緒がないのーん!」 家路につくビジネススーツ姿の人の波の中で、むきーっと店に向かって糸切り歯を向けていたら、一人の男性が足を止めた。 「閉店かぁ……。僕、この店の赤いゼリーが好きだったのに。蛍光灯の下で妖しく揺れて光る安っぽさが猥雑で好きだったんだよなぁ」 稜而の隣に立って、わざと同じように腕組みをして、前さがりの長い髪をさらりと揺らす。 「玲! びっくりした。久しぶり」 「元気そうだね、稜。遥ちゃん、先程はどうも」 「教えてくださってありがとうございましたなのーん!」 「どういたしまして。さて、ここにいても寿司は食べられない。僕の部屋で寿司をとって食べようか?」 「おーいえー! おじゃまいたしますですのーん!」 遥が喜ぶ隣で、稜而は前髪を吹き上げた。 「玲の部屋は食事には不向きだからなー」  あからさまに嫌がる稜而に向け、玲而は目を弓形に細めた。 「最近、自宅で食事をする快適さに目覚めて、ダイニングテーブルを買ったんだ。六人掛けの大きなテーブルだ」 「大きなテーブル、素敵なのん! 日本酒を買って行きますのーん! スパークリング日本酒はいかがですかーっ! だーっ!」 夜が始まった空に向けて拳を突き上げる遥の姿に、稜而はもう一度前髪を吹き上げた。

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